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小林峯夫さんが4月14日に亡くなられた。
「まひる野」の重鎮であり、篠弘さんと同学年である。
「まひる野」4月号には、こんな歌がある。もう死を覚悟されていたようだ。

・赤紙を受くる心に重なるやステージ4を告げられている

・刻々に消えゆくもののわれに在る確かなるもの 今 という時

小林さんは、第四回中日短歌大賞を『五六川』で受賞している。
ぼくは、この時小林峯夫という歌人のことを初めて知ったと
思い込んでいたが、実は、ずっと以前に、
小林峯夫という歌人に出会っていた。
昭和64年に高野さんの『地球時計の瞑想』が出たが、
その中の「こひねがふ国御座なく候」という評論で、
小林さんの第一歌集『はばき』の「宝暦挽歌」と題する
一連45首の中のこの歌を取り上げ、3ページ近くにわたって
この歌について考察をしている。

・死するか狂はすはいまの世にわれらこひねかふ国御座なく候

この評論集を読んだ時に、すごい歌を詠む人がいるんだなあという
感想を抱いたことを覚えている。
ただ小林峯夫という歌人が隣県の岐阜にいるとは思ってもいなかった。
中日短歌大賞の受賞式の時、
小林さんに高野さんのこの評論について話したところ、
もちろん小林さんは承知していた。
ただあれだけの文章を書いてもらったのに、
礼をしていないのが残念だとおっしゃっていた。
それから、数年後にお会いした時、
現代歌人協会の会合か何かで高野さんに会って
やっとお礼を言うことができたと、
嬉しそうに話してくれた。
この時が小林さんとお会いした最後だった。
どうぞ安らかにお眠りください。



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桑の実

2021/04/14

『水中から口笛』を読んでいる。
「まっすぐに来る」の一連にもとてもいい歌がある。

・二両目に乗ると三駅目で桑の実と葉が窓のすぐそばに来る

「桑の実」は近代短歌でなじみのある題材であるが、
現代短歌では、あまり読まれないとおもう。
そもそもぼくは桑の実を食べたことがない。

・ふと特技が「迷路を書く」で「迷路を解く」ではないことに気付いてしまう

・わふわふと海まで駆けてゆく犬のきちんと戻ってくるまでを見る

・まっすぐに歩ける蟹のものまねできみがこちらへまっすぐに来る

・あの街があの波でこの公園になったのだひろいひろいひろいこの

文語を使用しない短歌はどうも苦手なのだが、
工藤さんの歌については、どの歌もスンナリ読めてしまう。
理由はのひとつは、何を詠もうとしているかが明確だからなのだと思う。
気分の歌がないのだ。
こういう気分なんだからわかってほしいという歌を
若い女性歌人はよく詠むが、
工藤さんは、そういう歌はあまり詠まない。

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ペンネーム

2021/04/13

工藤玲音さんの第一歌集『水中で口笛』(左右社)がでました。
今日が啄木忌ですので、間に合ったわけです。
発行日もちゃんと4月12日になっています。
ところで、こんな歌があります。

・父親がわたしにペンネームのような名前をつけた霧雨の朝

ぼくは当然「工藤玲音」はペンネームだと思っていました。
でも、本名なんですね。
「玲音」とつけるお父さんのセンスはすごいですね。
将来作家になるかもと思ったのでしょうか。
「啄木を殴りたい日」という一連があって、
盛岡愛、啄木愛にみちあふれています。

・もりおかの人にふたたびなりました柳に頬を撫でられている

・ほんとうのほんとはいつもうそみたい岩手山いつもより立体

・わたしだって空に吸われて死にたいよシャツ振り回しふりまわし干す

天性の歌人という歌が並んでいて、
こうして引用していても実に楽しい。
こういう歌集は珍しい。
念のために言えば、
工藤玲音さんは、コスモスの会員です。

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五割

2021/04/11

「塔」4月号の「方舟」欄を見ていたら、
誤植を見つけました。
よくある誤植です。
確率五割くらいのよくある誤植です。
梶野敬二という人の「早崎ふき子の一回忌に」と
題する文章です。
こういう箇所があります。

「春日井健に傾倒したり、前衛短歌にのめり込んだり」

当然「春日井建」が正しいですね。
ひどい誤植だと「春日井健の第一歌集『未成年』」
というとんでもないものもありました。
因みにドストエフスキーは「未成年」です。

ところで、この梶野さんの文章ですが、
春日井さんの名前は出てきても、
塚本邦雄の名前が出てこないのが、
不思議な感じがしました。
早崎さんは、「玲瓏」の創刊メンバーだし、
そもそも初期の歌集は、見事に塚本邦雄調の歌が
並んでいました。
中の会ができてからは、
早崎さんは、事務局のメンバーとして春日井さんと会う
ことが多かったのは、事実ですが、
傾倒というのなら、塚本邦雄でしょう。
もちろん梶野さんの見聞の範囲では、
多分春日井さんへの傾倒が見てとれたのでしょう。
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中部の文芸

2021/04/09

5日の中日新聞夕刊の「中部の文芸」欄は短歌なのだが、
担当の大塚寅彦くんが、末尾にこう書いている。

十七年にわたって連載を続けることができた。
感謝したい。

春日井建さんの後を継いで、
大塚くんは、17年間書いていたのか。
そんなに長く書いているとは思わなかった。
後任は、
何と東京在住の松平盟子さん。
とは言っても、
松平さんは、結婚するまでは、愛知県に住んでいたのだから、
十分任を果たせることだろう。

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「ビッグコミックオリジナル」の表紙には、
毎号俳句が掲載されている。
とはいっても、俳人の本格的な俳句ではなくて、
俳人以外の著名人の俳句が掲載されている。
4月5日では、
俵万智さんの俳句が掲載されている。
掲載句はこれ。

暖かや
艶を増しくる
吾子の声

どうかな。
短歌のようにはいかないかな。
夏井先生なら、どんな評価されるだろうか。
でも、こういう企画は楽しめばよいとは思う。
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日国

2021/03/14

「歌壇」4月号の
「私の本棚、私の一冊」は、今野寿美さんが書いている。
グラビアのほうの文章の最後はこうなっている。

歌集・歌書・日国・全集などはそっちに集めている。

一読「日国」が何のことか分からなかった。
しばらく考えて、「そうか、日本国語大辞典を略したのだ」と思い当たった。
しかし、それにしても日本国語大辞典」が「日国」とは。
多分「にっこく」と読むのだろう。
国文学の専門研究者は、普通に「日国」と言っているのだろう。
教員時代には、「日国」という人はいなかった。
というより、「日国」まで調べて予習する教員に出会うことはなかっと
言うべきだろう。
我が家にも縮刷版が書庫に収めてあるが、
この3年一度も開いたことがない。
この前確か日本国語大辞典あるはずだが、
書庫で見かけないなあと思って、
探してみたところ、ちゃんとあったので安心した。
と言っても、使うことはなさそうだが。
ただ、今気になっているのは、日本近代文学大事典。
これもあるはずなのだが、
引っ越ししてから、一度も見ていない。
一度探してみようとは思っているが、
まだ書庫は寒いので、もう少し暖かくなってから調べよう。
何にしても大きな本は、
この歳になってしまうと、どうにも厄介になる。

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『北窓集』

2021/03/06

柏崎驍二さんの『北窓集』を読み返している。
もう十年ということを噛みしめながら読み返している。
総合誌の三月号もそろって、
十年の特集を組んでいる。
特集では、歌人たちが、
それぞれの記憶に残る震災の歌を選んでいるが、
柏崎さんの歌を多くの人が挙げている。
中でも、この歌を挙げている人が多い。

・流されて家なき人も弔ひに来りて旧の住所を書けり

淡々と事実をそのまま詠んでいるように見える。
でも、ここには、その土地で生きてきて、
これからも生きていかざるをえない人々の悲嘆や
悔しさ、諸々の思いがあふれている。
その思いをすくいとろうとしても、
途中で断念せざるをえない。
それは、この歌に詠まれている思いの深さに
到達できない自身に気づいてしまうからである。
震災以後柏崎さんが、
背負ったものの大きさがどれほどのものか想像もつかない。
そして、さらに残念なことは、
柏崎驍二という東北の歌人が
今はもういないということである。
私の記憶の中の柏崎さんは、
寡黙でありつつも、
時としてこちらをドキッとさせることを言われた。
優しい先輩というのが私の印象だったが、
震災以後の柏崎さんについては、
ほとんど何も知らないと言うしかない。
私ができることは、
この『北窓集』を読み続けることだけだ。

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ちくま文庫の新刊で『神保町「ガロ編集室」界隈』が出されることを知り早速手に入れた。
著者は高野慎三である。
かつて「ガロ」の編集にたずさわっていた。
高校生時代「ガロ」を読んでいたが、
そんなに熱心な読者ではなかった。
ただ今にして思うと、非常に残念なことをしてしまったとつくづく思う。
つげ義春の初出が掲載されている「ガロ」も持っていたのだが、
みんな処分してしまった。
一冊でも残しておけばと今更ながらに思う。
本当に後の祭りというしかない。
ところで、この本を手に入れた一番の理由は、
つげ義春の息子さんの正助くんが、
巻末の高野との対談に登場しているからである。
正助くんについては、母親の藤原マキさんの日記でしか
知ることはなかった。
今回正助くんの発言を読んで、
つげ義春やマキさんと比べて
ずいぶんしっかりした大人なんだと感心してしまった。
要するに先入観があったから、いけなかったのだ。
つげ義春の近況についても語っているので、
つげ義春ファンの方は、必読だと思います。
ただし、残念ながら、
新作を描くということはなさそうです。
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「NHK短歌」3月号の寺井龍哉さんの入選歌・佳作歌の中に、
高橋みどりさんのこの歌が選ばれていた。

・面談は「三者」にしますと伝えれば祖母も呼ぶかと聞く生徒あり

今回のテーマは「笑える歌」。
確かにこの歌は、教員経験者には、笑いのとれる歌だ。
多分生徒の「三者」は、
自分と母親ともう一人。
担任は「三者」ではないのだ。
だから、生徒は、
私とお母さんの他に誰を呼ぶんだろうと考えて思いついたのが、
祖母なのだ。
これが「父」では面白くない。
三者面接に呼ばれるはずのない「祖母」が登場するから面白い。
ただ、現実には、
入学式、卒業式に、祖父母が参加する時代だから、
この生徒の発想も別に特殊ではなくて、
「三者」なら「おばあちゃん」にきてもらうのかなと
思ったのだろう。
それにしても、担任の高橋先生はぎょっとしたことだろう。
女三人を前にして、面接なんてできるのかしらと。
そうか、この生徒の性別は分からないんだ。
でも、女子生徒でないと面白くない。

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