FC2ブログ
「コスモス」3月号の裏表紙の裏に、
「コスモス短歌会の内規」が掲載されている。
これまであまり熱心に読んでこなかったが、
さすがに選者ともなると、読まざるを得ない。
今回、歌集を出すことに大きな変更があった。
厳密に言うと、
叢書番号を取得して歌集を出す内規に変更があった。
新しい内規はこうなっている。

「コスモス叢書として歌集を出版できるのは、①その一集に
昇級した会員、および②コスモスに十年以上在籍した人に
限ります。」

②が大きな変更。要するにコスモス短歌会に10年以上在籍すれば、
所属欄の如何に関わらず、コスモス叢書として刊行できるということ
である。

画期的な変更だと思う。
コスモスの場合、誌上で優れた歌を載せていて、
賞をもらったのにもかかわらず歌集を出さないままになってしまう人が多い。
全体の雰囲気として歌集を出しにくいというのも一つの要因だと思う。
出しやすい方向に変わったのだから大きい。

歌集を出すことの最大の意味は 、
歌集を出したことによってステップアップできることだ。
歌集を読んだ人たちからいろんな言葉をもらえる。
それが励ましになり、勇気づけになる。
そして、自分の歌の方向についても考える。
歌集を出しただけで、満足しては駄目だが、
多くの人は出したことによって、
ステップアップしてゆく。

逆に優れた歌を詠んでいても、
歌集を出さない人たちの歌は、
しだいに疲れを帯びてゆく。
詠まれる内容に変化が乏しいために、
詠む歌がつぎつぎにいつか見た歌になってしまう。
それが疲れた歌という意味だ。
歌集を出すことは大変なことだが、
出す勇気と決断が、
その人、その人の歌を変えてゆくことは確かである。
pagetop

明日は

2019/02/22

明日は、「灯船」12号の批評会。
会場は、東京の日本教育会館。
ゲスト批評者は、栗木京子さん。
ということもあって、定員36名の部屋が満席。
何とキャンセル待ちの方もいた。
遠方の方はさすがに少ない。
それでも青森から一名。
福岡から3名の出席。
鳥取から2名。

10時半開始で、35名の作品の批評はきつい。
しかも24首詠の出席者が5名もいるのだ。
終了時刻は17時。
なかなかスリリングな批評会になそうだ。
まさに時間との戦い。
そういえば、明日は東京マラソン。
会場の日本教育会館の前の道路も確かコースのはず。
なかなかにぎやかな雰囲気になりそうだ。

では、「灯船」同人のみなさん、明日お会いしましょう。

pagetop
昨日の午後は、中日歌人会の仕事で、
名古屋の街をかけずり廻っていた。
とりあえず伏見の地下街のゴルド・カフェでランチ。
800円で、ドリンク、デザートつきというのは、信じられない。
店を出るときに、マスターに一首披露。
ゴルド・カフェを称える歌。
その後地上に出て、真上にある名古屋市短歌会館へ行き、
4月28日の会場確保について確認。
それから、近くのカフエに行き、
その建物の5階にある貸し会議室を見せてもらう。
使用中ということで、しばらくアメリカンプレスを飲みながら待つ。
確認した後、すぐに中日新聞社北館へ。
3階の文化事業部の部屋に行き、
来年度の事業について依頼。
提出を終えたら、すぐに名古屋市役所へ。
徒歩で10分ほど。
補助金関係の書類提出。
受け付け案内で、文化振興室の場所を聞く。
5階とのこと。
エレベーターで5階に上がる。
しかし、ここからが難しい。
名古屋市市役所の本館棟は迷宮なのだ。
案の定、ぐるぐる回りはじめたので、
近くの部屋に入りこんで場所を聞く。
その部屋にいた方に案内してもらって、やっと文化振興室へ。
書類をいろいろ訂正等して、何とか提出を終える。
市役所を出たのが、4時半。
名古屋駅に向かう。
いやあ、大変でした。
結局家に着いたのは5時半過ぎ。
12時過ぎに家を出たのだから、
正味5時間の仕事でした。

pagetop
「コスモス」3月号の歌を少し紹介する。

まず高野公彦さん。

・水と火を朝夕使ひみづからの食事作れり見る人なしに

結句は辛い。「水」と「火」が高野さんの歌のキーワード。

奥村晃作さん。

・句跨り駆使してフォルムは守られて現代短歌は三十二音

いやに説得力がある。「三十二音」ではないかという気がしてくる。

木畑紀子さん。

・心配性昂じ心配性のわれにたばこ一服、コーヒーが効く

もう女性歌人でタバコを吸う人はほとんどいないが、
木畑さんは、いつも美味そうに吸っている。
時々こちらも吸ってみようかなと思ってしまう。もちろん吸わないが。

田宮朋子さん。

・あたらしき冬の匂ひよお鏡を水餅にせしこともはるけし

懐かしい歌だ。昭和30年代は、
我が家でも、お鏡餅を水餅にして食べていた。
カビが生えてきてからでは遅いから。

最後に福士りかさんの歌。

・放射線汚染基準は法でなく政府が定める いまだ定めず

定めないのは、現政府の忖度行政以外の何ものでもない。
アベノミクスも、何と忖度統計によってつくられたのではないかという
議論が出ているというのでは、もうあきれてものも言えない。
国会議員は国民のめにはたらく人だと思っていたが、
どうもそうではないらしい。
国民に敬愛される国会議員はもういないのだろうか。

pagetop
「短歌往来」3月号の勝又浩さんの連載「〈歌・小説・日本語〉を読んで驚いた。
益田勝実さんのことが書いてあるのだ。
ぼくは卒業論文に説話文学を選んだが、
もともとは、万葉集について書こうと思っていたのだ。
ところが、益田さんの『火山列島の思想』を読んで、
説話文学へ針路を切り換えた。
『火山列島の思想』以外にも『説話文学と絵巻』にもかなり影響を受けた。
同期の田中くんも益田さんのファンだと知り、
二人で岡部教授に頼みこみに行った。
夏休みに行う集中講義に益田さんを呼んでほしいと頼んだ。
昭和46年ころだったと思うが、
その頃益田さんは、法政大学の教授だった。
運のいいことに、益田さんは、東大時代の岡部教授の後輩だった。
ということで話はとんとん拍子に決まり、
ぼくらは、夏休み中の3日間、
至福の時間を得ることができた。
学問がこんなに楽しいものとは思わなかった。

勝又さんの文章によると、
益田さんは、平成22年に86歳でなくなられたとのこと。
大学卒業後は、説話文学に関わることはなかったので、
益田さんのお顔を見ることはなかったのだ。
大学院への道を選んでいれば、会えたのかもしれない。
ただ、実は大学の4年の頃には、
短歌への関心がかなり強くなっていったので、
たとえ、大学院へ行ったとしても、
短歌の方面への研究に向かったのではないかという気がする。


pagetop
「短歌往来」3月号は、恒例の昨年度の歌集・歌書のアンケート結果を掲載している。
ぼくも参加していて、
歌集は、栗木京子さんの『ランプの精』と
金川宏さのん『揺れる水のカノン』を、
歌書は高野公彦さんの『明月記を読む』を挙げた。
栗木さんの歌集は、当然挙げる人は他にもいたが、
金川さんの歌集を挙げる人は、多分いないだろうと思っていたら、
佐藤恵子という人も挙げていた。
佐藤さんは、調べてみると徳島歌人に所属している方で、
ぼくと同じ昭和25年生まれ。
金川さんの歌のリズムに心を寄せることのできるのは、
やはり同じ世代だからであろうか。

高野さんの『明月記を読む』を挙げる人がぼく以外にいなかったのは、
とても残念。
2冊本で読み通すのは大変だが、
別に丁寧に最初から読む必要はない。
つまみ食いで充分楽しめる。
ぼくなどは、最初の「はじめに」を読んで、
今まで抱いていた疑問が払拭できたので、
それだけで満足してしまった。
そして、この疑問を発端にして何か書けないかなあと考えはじめた。
さて、どうなるか。
pagetop
ある若い歌人と話をしていて、
「精神と生活の安定」ということについて考えさせられた。
精神と生活がともに安定しているというのは、
今の若い人たちには、かなり難しいことなのだろうか。
確かに石川啄木だって、
まさに精神も生活も安定していなかった。
精神と生活が安定しないことが、
青春そのものかもしれない。
そして、そこから何か新しいものが生まれるのかもしれない。
ということなら、
ぼくらは、
現代の石川啄木の登場を待つしかない。
いや、ひょっとしたら、
すでに現代の石川啄木は登場しているのかもしれない。

pagetop
ようやく「コスモス」3月号が届いた。
この号の「新・評論の場」に執筆した。
何と6頁も書いてしまった。もちろんぼくの希望で。
札幌在住の歌人後藤美子さんについて書いた。
5冊の歌集を読んだ上で、初めは教師論の観点で書いていこうと思ったが、
ある時ひらめいたものがあって、
そのひらめきを大切にしていろいろ調べた結果がこの評論になった。
さっそくある方からメールをいただいて、とても嬉しかった。

「こういう大事な歌人がおられたのかと再認識しました。」

とあるではないか。まさに我が意を得たりという思い。
歌壇的には評価されてなくも、優れた歌人は、
どこの結社にもいるのだが、そういう優れた歌人について
書く機運が最近は乏しいような気がしてならない。
歌壇的評価などというものは、まぼろしに過ぎないのだから、
そういうものに惑わされず、
地道に優れた歌人の掘り起こしをすることが一番大切なことだと思う。
pagetop
「羽根と根」8号が昨日届いた。
牛尾今日子さんの評論が全体の三分の二を占めている。
題して「演出家の顔」。
短歌の「私性」論議に、「演出家」という概念を持ち込んで論じた評論。
牛尾さんは「八雁」に所属するとあるので、
いかにも論客の多い、「八雁」のメンバーらしい評論だ。
結論はこうなっている。

「短歌の〈私〉は、必ずその中に〈演出家〉の顔を含み込んでいるのだ。」

間違ってはいないが、「〈演出家〉の顔」という語句は、
別に「作者の個性」、あるいは「作者の技法」等々という語句に
置き換えてもそんなに違わない気がするが、どうなのだろう。
それと、引用の間違いはまずい。
子規の有名な「瓶にさす」の歌の表記がかなり間違っている。
『竹の里歌』では、こうなっている。

・瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり

牛尾さんの引用はこうなっている。

・床に挿す藤の花房みじかければたたみの上に届かざりけり

「床に挿す」はまずい。

同人紹介欄があって、
ぼくはこういうところを読むのが、
大好きで、読んでみると、
「以下、今号休載」という項目があって、
7人の名前が記してある。
ぼくは細かいことを気にするので、
この7人の中で、
佐伯紺という人と坂井ユリという人が、
新しい同人雑誌「遠泳」に作品を出しているなと気づいた。
本当に細かいことが気になる。
奥付には「2018年11月25日発行」と記してあって、
あれっ、二ヶ月前じゃんと思った。
ぼくのところに、二ヶ月遅れで届いたのかな。
でも、とにかく8号まで漕ぎつけたのは、
なかなか立派なものだと思う。


pagetop
「塔」2月号は、早く届いた。留守にしていたので、正確には分からないが、
12日には届いていたようだ。
古賀泰子さんの追悼特集がすごい。
何と50頁近い。
年譜を見ていて気づいたのだが、
古賀さんは、「ぎしぎし」のメンバーとの交流はなかったようだ。
大阪市内の学校勤務ということと、
「高槻」「関西アララギ」に所属していたことも関係がありそうだ。
でも、高安邸で指導を受けていた時期もあるのだから、
「ぎしぎし」のメンバーとの接触もあったのではないかとは思うが。

栗木さんの歌。

・ドタキャンをするならジュリーの大きさで、約束破りし人にメールす

誰だろう。栗木さんを怒らせた人は。歌人だろうね。
そうそう、23日には、「灯船」12号の批評会に
栗木さんに来ていただく。抜かりのないようしなくては。
前田康子さんの歌。

・平成の向こうに隠れゆく昭和『砲火と山鳩』また読み返す

ありがたい歌。
『砲火と山鳩』は、
戦時中の宮先生から英子夫人への書簡をまとめたもの。

落合けい子さんの歌には、永井陽子さんを詠んだ歌が二首ある。
一首紹介する。

・たましひのかけらを集め詠みゐしか永井陽子の闇に沈みぬ

確かに亡くなる前の歌には、こういうふうに詠まれても仕方のない歌があった。
でも、ぼくの知っている永井さんは、陽気とは言えないにしても、
乾いた明るさがあったように思う。
もちろん眼差しはいつもシニカルだったのだが。
いつも少し離れて、動いている人を見ているという感じだった。

pagetop
プロフィール

スズタケ

Author:スズタケ
FC2ブログへようこそ!

カレンダー
01 | 2019/02 | 03
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 - -