今日は、玉井綾子さんのお母さん、
小野雅子さんの第一歌集の『花筐』(ながらみ書房 一九九二年)
の歌を紹介します。
実は、この歌集は、
刊行された年に、高野公彦さんからいただいていたのです。
ところが、いただいた時には、あまり丁寧に読まなかったようです。
反省しています。
雅子さんは、小野さんの死後、
「地中海」に入会し、研鑽に努めたのです。
これまでに4冊の歌集を出しています。
小野さんの死後、綾子さんとお姑さんとの三人暮らしの
日々が詠まれています。

・確かなるひとつ選べば初夏の朝きみ逝きしこと銀杏舞ひ散る
・杏のごとき形もつと夫言ひし眼を輝かせ子はうたうたふ
・爪の色すこやかなれる人なりきその温みふたたびわれに還らず
・なにげなく点くればラジオ奏でゐる夫の好みし曲「イエスタデイ」
・春の畑へだててのぞむ球形のガスタンク夫と住みゐし町よ
・鉄の戸があきつつ描く半円を虹のごとしと虹を見し綾子
・サンダルの足先露にぬらしつつ歩みし朝のきみ帰り来よ
・バターになる虎の話におどろきて見開く目もつ子に育ち来ぬ
・父の記憶もたざれば歳わさなきにわが子の問ひは死にかかはれる
・失踪といひ蒸発といふその人らの帰り来るかもしれぬを羨む
・ねむる子の手にはめてみる手袋は指先に少しゆるみをもてり
・手のすがた爪のかたちも父に似る子なり今宵はピエロを描きて
・目玉焼黄身あざやかに焼けたるを好みし夫よ今朝も卵割る
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玉井綾子さんの第一歌集『発酵』(ながらみ書房 二〇一六年)
の歌を紹介します。
子供さんを詠んだ歌は、
巧まずしてユーモア感のあるものになっています。
二歳の子を育てているわが娘にも
見せてやりたいですね。
もちろん、父親の小野茂樹さんが登場する歌もあります。

・嫁ぎしのち初めて流す母の背は重荷と脂肪がおろされており
・父であり兄弟でもある夫望み 叶える彼もまたひとりっ子
・「地図読めぬ女性」の独りであるわれの方向音痴は父親譲り
・道交法四十年早く改正をされれば父は亡くならざりき
・父あらば未熟なりにも男への先入観を抱けしものを
・すれ違うベビーカーの中そっと見てわが子に必ず軍配あげる
・お気軽にご相談をとうたいつつ育児相談初診五千円
・春の朝部屋に差しこむ陽の帯をつかもうとする元悠一歳
・出ていたかたぬきのしっぽ子を連れた出先で聞かれる「お勤め先は?」
・子を預け生じた自由な三十分スタバで新聞読みて終わりぬ
・父なれど記憶になければ先祖への祈りに近し四十三回忌
・わが爪と同じく丸い吾子の爪明らかに茂樹の孫たる証
・胸などに感じた変化は勘違いパンダもすなる想像妊娠
・背の高い父に抱かれて子が見せるどや顔母まで見下しており
・朝六時「オイシイ」とわれを起こす子に「ネムイ」と言っても勝てる訳なし
・目薬をさしパチパチしてと言えば拍手するなり二歳のわが子
・ハロウィンの帽子もマントも断固拒否かぼちゃも食べぬ二歳の主張
・スーパーでおもちゃを欲しがりグズる子に「買わない宣言」をする、ギャーと泣く
・知っている言葉の全てつぎ込んで悪態をつく「ママのおばさん」
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「うた新聞」6月号から吉川宏志さんの連載がはじまった。
題して「(いま)を読む」。
この文章で柏崎さんの歌について、
触れてくださっているのが嬉しい。
特に、後半のこんな記述が特に嬉しい。

………………………………………………………
「短歌的抒情」という言葉で割り切られたために、
柏崎の歌は、それ以上の豊かな批評に出会うこ
とが少なかった。
短歌の批評は、「短歌的でないもの」を実際以上
に高く称揚してしまう傾向がある。新奇なものは
特徴を捉えやすいからだ。しかし、新奇な歌がす
べて優れた歌とは限らないし、一見古風な作にも、
新しい芽が潜んでいる。
………………………………………………………

多分、短歌批評の未成熟がこのような現今の批評の
停滞をもたらしているのだと思う。だから、すぐに「新奇」なものに飛びつく。
そしてまた、次の「新奇」なものに飛びつく。
そうして、佳い歌が評価されないままになってしまうのだ。
柏崎さんの歌は、そういう意味で評価されない典型なのだろう。
残念なことだ。
歌を詠みつつ、困難に直面している人は、だまされたと思って
柏崎さんの歌集を読んでみるといい、きっと目が覚める。
歌を詠むということがこんなに素晴らしいものなのか
痛感するに違いない。
「新奇」なものの誘惑に負けないでほしい。

そうそう「塔」5月号の、
吉川さんの「青蝉通信」もとても佳い文章だ。
なかなか難しいことを語っているので、
かいつまんで書く勇気はないが、
重くて大切なことを書いているのは間違いない。
題は、「『ヴェロニカ』のこと」。
『ヴェロニカ』は、遠藤周作の小説の題名。
大口玲子さんの『神のパズル』の話題から、
遠藤の小説に及ぶ。
キリスト教理解の問題もあるかもしれない。
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読了

2015/09/06

永田淳さんの『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』
を読み終えた。
素直にいい本だと言える。
短歌についての本というよりは、
家族について、多くのことを考えさせる本だと思う。
歌人以外の人にも勧めたい本だ。
息子が母親を書くというのは、
あまり例がない気がする。
紅さんが書くという可能性もあったろうが、
淳さんだから、
このように冷静に家族を描くことができたのだと思う。
最終章の後半では、
時折涙がにじんできた。
多くの方にぜひ読んでいただきたい。

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さらに安立さんの歌を紹介します。
『この梅生ずべし』の歌です。
「馬鹿げたる」の歌は、正真正銘の名歌です。
それから、「金にては」という歌は、何というか、
とにかく辛辣な歌ですし、真実というものは、
こういうものではないでしょうか。
宮柊二先生も登場します。

・階下の老婆はわが姓も名も覚え難しと言ひていつよりか「お二階」と呼ぶ
・他の弟子よりも優れてゐしならずやユダは自ら縊りて死ねり

・馬鹿げたる考へがぐんぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る

・病むわれがたまたま悪態をつくときに生きてゐる感じが鋭く顕ち来る

ある人の言葉、おのづから歌になりて
・金にては幸福は齎されぬといふならばその金をここに差し出し給へ

・日本挽歌を読み了りたり服を脱ぎ寂しさびしと思ひて眠りぬ
・晩春の岡山駅に柊二先生を待つ間の長く逢ふ間短し
・掘立小屋より出で来し女は容赦なく秋の河に子を入れて洗ひぬ
・車窓に来る青田に草を取る農婦人知れず生き且つ死にゆかむ
・われが何を欲してゐるかをわれは知る雲吹き散りし夜半の星空
・押売の閉めてくれざりし戸を閉めに出できて平手打の如き陽を浴ぶ
・この世界の崩さるる日のいつか来るや独り居れば今日の雲ぐぐと湧く
・努力さへしてをればよしといふものにもあらずパセリを刻みつつ思ふ
・唄もなく田草を取れる農婦らの前後に飛びて燕が光る
・とりかへしのつかざる皺をふかく刻みし手がつと伸びきて吊革握る
・コンクリートの塀にガラスの破片を植ゑ親しみがたきさまに人棲む
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