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先日「滄」99号が届いた。
この号には牛山ゆう子さんの『しぐれ月』の評が掲載されている。
小池光さんも書いていて、こんな歌を取り上げている。

・眼のなみだ頬にこぼさず見送らむ青井史ひと生を歌に生きたり

この歌について、小池さんが次のように書いている。

「青井史は「かりん」から出て、じぶんで結社を立ち上げた。
与謝野鉄幹についての重厚な評論も書いた。これからという
ときに、病に倒れ、亡くなった。あれから何年経つのだろう。
牛山さんは、どういういきさつからか故人と交流があったものの
ようだ。」

青井さんが「かりん」を出て、「狩人」という結社を起こしたことは
よく知られている。
ただ、青井さんの出発は実はコスモスである。
このことはあまり知られていない。
ぼくは1973年の夏にコスモスに入会したが、
この時には青井さんは入会していた。
1974年1月号には、その二欄に三首掲載されている。
達者だなあという気はする。ひょっとして、
コスモス以前もあるかもしれないと
思わせるような達者ぶりである。コスモスの場合、
必ず在住地を明記するのだが、
青井さんは、「半田」と記している。
いつごろコスモスを離れたかは確認していない。数年だと思う。
この1月号にはぼくの歌はない。欠詠している。
入会して数ヶ月も経たないうちに
欠詠のほうが多くなってしまった。
この欠詠状態がしばらく続く。
欠詠状態から脱却できたのは、ある出逢いがあったから。
それ以来欠詠は一度もしていない。

因みにこの1974年1月号のその二欄で、
存命が確認できるのは、
欠詠しているぼくと小島静子さんだけである。
小島静子さんは、小島ゆかりさんのお母さん。
何とも歳月は過酷な仕打ちをするものよと思う。

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「佐佐木信綱研究」10号が届いた。
今号の特集は、「信綱の死とその時代」。
佐佐木朋子氏の書かれた「新村出日記「愛老日録」と哀悼歌」を
興味深く読んだ。
新村の悲嘆の深さに驚いた。
「社告」が掲載されていて、
次号からは年1回の刊行とのこと。
それから、11、12号の特集は、
「信綱と交流があった同時代の人々、弟子」とある。
これは嬉しい。
特に女性歌人たちについての、論考を期待したい。

ところで、奥付を見たら、
平成三十年六月三日となっている。
一瞬、我が家には、四ヶ月遅れで届いたのかと、
しばらく遅れた理由を考えてみた。
でも、そんなわけはない。
会員近況欄には、
7月28日に行われた120周年を祝う会についての記述があるから、
明らかに六月三日は誤り。
こういうあら探しをしてしまうのは、
別に坪内祐三の影響を受けたわけではないと、思う。
今坪内の最新刊の『昼夜日記』を読んでいるが、
相変わらずのあら探しぶりには頭が下がる。
でも、六月三日の件は、
たまたま見付けただけ。



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「玉ゆら」に所属する鈴木久美子さんから
『万葉のひびき』(本阿弥書店)という本をいただいた。
歌集ではなく、万葉集の鑑賞本というのが正確かな。
万葉集から60首選んで、
鑑賞文を書いている。
巻末の資料が充実している。
関連略年表、万葉地図、天皇家系図、
参考文献一覧とあって、
特に地図が地域ごとにあって、
万葉旅行をしてみたいという人には打って付け。
万葉集入門としては、好適だと思う。
「玉ゆら」に所属するから、
鈴木さんはもちろん岡野弘彦門下だが、
最近岡野弘彦門下の著作が目立つ。
「玉ゆら」の代表の秋山佐和子さんもそうだし、
沢口芙美さんは『歌人たちの昭和』(柊書房)を出している。
ただ、肝心の岡野さんの著作が出ない。
ぜひ読みたいのは「歌壇」に連載したインタビューである。
小島ゆかりさんがインタビュアーをつとめたが、
実に興味深い内容で、
早く一冊にならないかなと願っていたが、
一向に本にならない。
誰か岡野さんを口説いてください。
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島成郎の母親は、高安綾子という。
こう書けば、誰しも高安国世の縁戚ではないかと思うだろう。
実際に高安綾子は、国世の長姉である。
つまり、島は、高安国世の甥である。
このことは、
松村正直の『高安国世の手紙』にも書かれている。
第30章「六〇年安保とデモ」である。
ただ、松村は島について、
「全学連の書記長」と書いているが、
私は、ひょっとして、
松村は、島がブント(共産主義者同盟)の指導者であったことを
知らないのではないかという気がしてきた。
島は、共産党に入党した後、
その政治姿勢に飽きたらず、
ブントを立ち上げ、60年安保の中心的指導者になるのである。
もちろん反共産党の旗印を鮮明にして。
当時全学連の委員長は、唐牛健太郎であったが、
唐牛はどうやら島に祭り上げられたらしい。
本来は、島が委員長に就くのが順当であったようだが、
あえて島は就かなかった。
ということで、私の説は、
高安は、甥の島がブントの指導者として、
安保闘争に中心にいることを当然承知していた。
だから、「塔」に高安にしては、
珍しい政治的な内容に関わる歌も文章も載せたのではないかというものだ。
このような説についての、
ヒントはもちろん今読んでいる島の評伝によって与えられたものだ。
松村がこの評伝を読んでいるのかは、分からないが、
読んでいないようなら、読んでほしい。
というより、すぐにでも読むのではないかと思うが。
島成郎という、たぐいまれなるオルガナイザーと、
高安国世との関わりは、
一度論じてよいのではなかろうか。
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藤原マキさんの『私の絵日記』を読み始めると、
なぜか涙がにじんでくる。
藤原さんの人生そのものへの憐憫ということが
あるのかもしれない。
又一人息子の正助くんの将来を憂うということがあるのかもしれない。
「週刊文春」の立花隆の文章を読んで知ったのだが、
藤原さんが飲み屋を始める時のアドバイザーが
立花さんだったとのこと。
つまり立花さんも新宿で飲み屋をしていたということなのだが。
こちらも驚き。
すでに以前書いたが、
藤原マキさんはもちろんつげ義春夫人。
『私の絵日記』の一番新しい版は、
ちくま文庫版だと思う。
解説を佐野史郎が書いている。
佐野史郎は、状況劇場の藤原さんの15年後輩。
分かりやすく言えば、藤原さんは、佐野さんの大先輩ということ。
なお、つげ義春さんは存命。
傘寿は超えたはず。
正助くんと二人で暮らしている。
もちろん、つげ義春が漫画を書くなどということはない。
一作100万という金額がついたとしても、
つげ義春は絶対にやらないだろう。
そういう人だ。
とにかく天才なんだ。


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