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出前歌会

2019/05/21

来月の愛知支部の歌会は、
定例の歌会ではなく、出前歌会を行う。
コスモス短歌会の選者で編集部員も兼ねている方が、
日本全国の各支部に出かけて、
歌会の講師をする制度が出前歌会である。
謝礼はなしで、交通費と飲食費のみというのが、
地方支部にとっては、魅力である。
6月16日に行うが、
講師は大松達知さん。
選者では、二番目に若いが、
実力はみなさんご承知のとおり。
5月31日まで、申し込みをしてほしいと連絡しているが、
今のところ、詠草を提出している方は、
10名に満たない。
若干心配。
ただ、みなさん、
せっかく選者に歌を見てもらえるのだから、
ひたすら気合いを入れているのかもしれない。
でも、短歌というのは、
気合いを入れれば入れるほど゛
できはよろしくなくなるもの。
肩の力抜いて、詠んでほしいものだ。
さて、何名の参加となるか。
20名は超えてほしいが。

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今日は、コスモス短歌会愛知支部の5月歌会。
出詠者15名。うち欠席は、3名。
見学者2名。
その中の一人は、
4月29日の俊成短歌大会の折にお会いした方。
もう一人は、とにかくびっくり。
短歌会館の2階の集会室に入ってみると、
どうしてこの人が、部屋を間違えたかと一瞬思いましたが、
そんなことはありませんでした。
去年まで、大学の非常勤控え室でお見かけしていた方なので、
びっくりしたのです。
先月入会申し込みされた方が連れて来られたとのこと。
世の中には、こういう偶然もあるものだと改めて思いました。
見学者の方は、当然ながら当日詠は無し。
16時過ぎまで、みっちり歌を読み合い、
その後、数名で近くの喫茶店。
いつもは満員で入れないが、
今日はすんなり入れた。

本日ぼくが票を入れたのは、次の三首。
歌のいきおいというものを評価して入れた。
いきおいというのは、美的基準を考慮しないことにもなるのかな。

・二日前過ぎた結婚記念日を互いに忘れペナルティーなし

・悪気など微塵もないはず恍惚の母が捨てたる私の料理

・「というわけで早期退職しますんで」同僚突然席を立ちたり

3首目は、すごいね。
教員の世界の話てすが、
3月末にそんなことを言われたら、
周りの者は、みんな呆然としますよね。
でも、こういうことをしたいという願望をもっている人は多くいるだろうな。
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講演の記事

2019/05/13

2週間前、蒲郡俊成短歌大会で、
講演をしたが、その記事が、
今日の中日新聞の夕刊の文化欄に掲載された。
タイトルは「韻律の美を語る」となっているが、
実際は、もう少しくだけた感じで話をした。
要するに、意味内容にこだわり過ぎて、
韻律を疎かにしている傾向があることに
ぼくなりに釘をさしておきたかったので、
「歌のいのち」と題して、
韻律の大切さを一時間程度語ったのだ。

それにしても、さすが中日新聞、高校の同級生や
大学の同級生からメールはくるし、
卒業生からは、ラインがはいるし、
本人のほうがよほど戸惑っている。

とにかく、新聞もまだそこそこの力があるということを
今回の記事掲載で知った次第ではある。
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・胸の内に湯の湧くごとき感傷にこよひは浸る『虚空遍歴』

 この歌は、一ノ関忠人の第四歌集『木ノ葉揺落』(砂子屋書房)
に収載の歌である。山本周五郎の傑作『虚空遍歴』が、まさか短歌に
詠まれようなどとは想像だにしていなかったので、一ノ関の最新歌集を
開いて、この歌を見付けた時には、ただただ嬉しかった。
かつて愛知県教育委員会の発行する「教育愛知」誌に、「私の一冊」
というようなテーマで原稿を依頼された時に、私は何の迷いもなく、
この『虚空遍歴』について書くことにした。この『虚空遍歴』については
、一ノ関は、次のような注を施している。確かにもう今では、注がないと
この傑作についても世間の人には認知されないのだとつくづく思う。

「 『虚空遍歴』は山本周五郎の長編時代小説。芸道の苦闘を執拗に描く晩年の作。」

 私はこれまで山本周五郎の小説をかなり読んできたが、
一つだけに絞れと言われるなら、この『虚空遍歴』を挙げる。
芸道の小説であるが、とにかく主人公の中藤冲也が何度も何度も
挫折しながら芸の道を究めようとするさまがこれでもかこれでもかと
書かれていて、読みつづけるのが辛くなるが、それでも読み終えた時の
感動は今だに忘れることができない。そして、読んでいる途中で何度も
涙をこらえなくてはならなかった。小説を読んで涙をこらえるなどという
ことは、私の場合はめったにないことである。
この『虚空遍歴』以外では、ドストエフスキーの『罪と罰』、
ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』くらいである。
かつて私は『虚空遍歴』を、日本版『ジャン・クリストフ』と考えた時
もある。とにかく『虚空遍歴』は、わが青春の書である。
きっと一ノ関にとっても青春の書ではないだろうか。
何せ「胸の内に湯の湧くごとき感傷にこよひは浸る」
と詠み下して、『虚空遍歴』となるのであるから。
一ノ関は昭和三十一年生まれだから、
私より六歳若いが、どうやら読書体験はそんなに変わらないようだ。
例えば、こんな歌がある。「つげ義春の世界を愛する」という詞書の
ある歌である。

  川に遊ぶキクチサヨコのいとほしさ紅い花ながれながれてやまず

 つげの「紅い花」という漫画を詠んでいる。私も自分の所属する
同人誌につげ義春を詠んだ一連を発表したが、残念ながら
つげ義春が現存の漫画家であることも知らないというのが
大半であった。だから、この歌も私にとっては嬉しい歌である。
同志にさえ思えてくる。
一ノ関は大病をして何とか生還して、この第四歌集の刊行に
こぎ着けた。
せっかくの歌集であるので、もう少し、この歌集については、
書こうと思う。
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『石蓮花』をまだ読んでいる。
読んでいると、何か書きたくなる歌に出会う。
こういう歌集ばかりだと大変だが、
実際は、そんなに多くない。
この歌、いいなあと思う。

・旅はたぶん窓の近くに座りたくなること 山に石蕗光る

確かに、旅に出ると、「窓の近くに座りたくなる」。
そして、ひたすら移りゆく景色を観察する。
そして、「石蕗」を発見。
この列車はそんなにスピードがはやくはないのだろうか。
石蕗の群落を見つけたのだから。
晩秋の山裾を走る列車からの光景だろう。
「光る」でこの歌は、できあがっている。
「光る」がなければ、残念な歌になっただろう。

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