何人かの方から、
「朝日新聞」の夕刊の「東海の文芸」欄に
取り上げられていますよという連絡をもらう。
荻原さんが書いてくれたんだということは分かった。
しかし、我が家は「中日新聞」とか購読していない。
ということで、
今日淑徳の星ヶ丘キャンパスの図書館で読んだ。
「朝日新聞」の5月28日の夕刊。
もちろんコピーもとる。
ポイントは二つあって、
一つは「これまで見たこともない現代短歌の俯瞰図」という
捉え方。
もう一つは、
「おのずと秀歌観の回復に向かっている」という捉え方。
どちらも、
ぼくにとっては、非常にありがたい指摘である。
特に「秀歌観の回復」という指摘が嬉しい。
調子に乗って、一言言えば、
総合誌等で話題になるのは、
秀歌ではなくて、問題作。
しかも、その問題作が
あちこちで話題になるだけで、
結局問題作以外の歌は、
忘れ去られてゆく。
いい歌は、たくさん詠まれているのだから、
そういういい歌を探し出して、
話題にしたほうが、
短歌の現在にとってはよほど意義のあることだと
ぼくはこれまで思ってきた。
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先日手に入らないと書いた
小島ゆかりさんの「讀賣新聞」夕刊の短歌時評が手に入った。
何と小島さん本人が
コピーではなく、現物を送ってくださった。
5月23日の夕刊。
四段組の二段強を費やして、
拙著の評を書いてくださる。
とにかくありがたいに尽きる。

これを読んで、
なぜ加藤淑子さんのところに
友人から読みたいとの連絡があった理由も判明した。
加藤淑子さんの短歌について、
まとめて書いた文章はこれまでなかったので、
これは手柄なのかもしれないとは思っていたが、
小島さんの文章を読んで、
さらにその意を強くした。

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驚き

2011/05/28

笠間書院から鳴り物入りで刊行され始めた
「コレクション日本歌人選」の
「斎藤茂吉」を読んでびっくり。
こういう初歩的なミスが、
学術専門系統の出版社から刊行されている本で
ありうるとは夢にも思わなかった。
最初はこちらの勘違いかなと思ったくらいである。
執筆者は、小倉真理子という
東京の某大学の准教授。
すでに勉誠出版から『斎藤茂吉の人と文学』という本を出しているらしい。
解説にこういう箇所がある。

「茂吉や赤彦・小泉千樫・中村健吉などアララギの若手は」

いくら元首相の名字が小泉でも
「小泉千樫」はないよな。
しかも「中村健吉」というのも。
山本健吉ならいいのだが。
それでこのミスは単なる凡ミスかなと思ったが、
「小泉千樫」については、
確信犯みたいなのである。
33頁の注に
引用文献の出典が書いてあるが、
それが「斎藤君と小泉君」となっているのだから。
つまり、
小倉という人にとっては、
小泉千樫は存在しても古泉千樫は存在しないようだ。
学術系の出版物のこのような初歩的なミスは
何とも困ったものだ。
何しろ定価が1200円で、
しかもかなり急ピッチで刊行しているシリーズだから、
出版社のほうにもチェックする余裕がないのかな。
でも、それって致命的なミスではないかと思うのだが。
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読売新聞

2011/05/27

昼前に郵便が届く。
その中に加藤淑子さんからの葉書があり、
文面を読んでびっくり。
加藤さんの友人が、
小島ゆかりさんの拙著についての評を読んで、
読みたくなり加藤さんに連絡されたとのこと。
しかし、ぼくは全然知らない。
それで、加藤さんに電話をして、
小島さんの評がどこに掲載されたものか
お尋ねしたところ、
数日前の読売新聞の夕刊とのこと。
それで、図書館に出掛ける。
幸い雨はほとんど降っていない。
しかし、何と
図書館は、休館日。
月曜日でないのに、どうしてとは思ったが、
どうしようもない。
ということで、今日のところは、
小島さんの文章に巡り会うことはできなかった。
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卒業生たち

2011/05/26

淑徳の授業は、
今日は佐藤佐太郎と宮柊二。
学生には、佐藤佐太郎の歌のほうが、理解しやすかったようだ。
山崎方代までと予定していたが、無理だった。
今日は、何と、
刈谷北の卒業生に4人も会った。
4年生、2年生、1年生は二人。
4年生は来週から教育実習とのこと。
ぼくもよく知っている中学だったから、
いい学校だから、しっかりやるよう励ました。
とにかく卒業生に出会うことができるのは嬉しい。
でも、だいたいの場合、
一緒にいるよその高校出身の学生は、
自分の友達が
何で大学の先生と親密に話しているのか
不思議な顔をして見ている。
そりゃあ、そうだよな。
こういうケースはそうはないからね。
火曜日には、
星ヶ丘の歩道で3年生に
会ったものだから、
周囲の人に申し訳ない雰囲気になってしまった。
しかも、友達のほうが
感激しているのだから、
何ともはや。

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北村薫の新刊『飲めば都』(新潮社)の発売日なので、
近くの本屋の小説の棚を探した。
なかった。
午前中なので、まだかなと思って諦めかけたが、
ひょっとしてと思って、
エッセイの棚を見てみると、
案の定、あるではないか。
書店員の不勉強は、
今は当たり前になってきたけど、
それにしても何とかならないものかね。
とにかく給料をもらって仕事をしているのだから、
自分が売る商品について
勉強するのは当たり前ではないかと思う。

家に帰って、読み始めたら止まらない。
原稿の締切をいくつか抱えているのに、
こんなことではいけないと思いつつ、
面白さに負けようとしてい。る
困った。
困った。

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淑徳の1限を終えた後、例の如く図書館へ行く。
図書館で刈谷北の卒業生に会う。
学生生活はどうかと聞いたら、
えっという話をしてくれて驚く。
折角高い授業料を払って来ているのだから、
もう少し何とかならないものかと思う。
淑徳の帰りに近くの本屋で「ブルータス」を購入。
刈谷の近所の本屋には、
あろうことか置いてなかったので。
この号の特集は「本屋好き。」。
この特集を逃しては、
読書狂の名がすたると思い購入。
たくさんの本屋が登場するが、
名古屋の本屋は二軒のみ。
寂しい。
しかし、こんなものだろう。
文化の未成熟な街だから。

午後は、名外大を二コマ。
何とか無難にこなす。
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研究発表

2011/05/17

今日は淑徳の日。
先週から歌人研究の発表をしてもらっている。
先週は、斉藤斎藤と俵万智。
今日は、
青木昭子と奥村晃作。
青木さんについては、
一番新しい歌集『申し申し』も参考にしてもらう。
当然と言えば当然なのだが、
二人とも自分の経験に照らし合わせた
歌の選択をしている。
まあ、最初だから、高望みはしていけない。

帰りにジュンク堂に寄る。
坪内祐三の新刊『書中日記』と佐藤泰志の新刊の文庫、
高木仁三郎の新書を購入。
『書中日記』を読んでいたら、
何とある同人誌の執筆者が登場。
ペンネームが中津川洋だから、
少し歌人に詳しい人なら誰でも分かるはず。
文中では「O島1洋」と書いてある。
書いているのは私小説とか。
ふーんと思ってしまう。

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「塔」5月号の吉川宏志さんの歌に、こんな歌がある。

・高木仁三郎読み居し日々は遠くなりぬけっきょくは読むだけだったのだ

上句は、文語、下句は口語。
一首におけるこの分裂が、
作者の心の状態をあらわしている。
高木氏は、一貫して原発に反対してきた孤高の科学者である。
今日本の知識人の多くは、
この吉川さんと同じような
つらい心境にあるのではなかろうか。
ぼくの場合は、
高木氏も知っていたし、広瀬隆の言説も知っていた。
しかし、ほとんど読まなかった。
あれだけ安全だと言っているのだから、
多分大丈夫じゃないのかなというくらいの
実に安易な気持ちだった。
というより、面倒だった。
わざわざ恐ろしいものを見る必要はないのではとも思っていた。
しかし、パンドラの箱は開けられてしまった。
しかも、未だに開けられた箱は、
閉じることができないままだ。
多分、この箱が開いてしまった以上、
原発という恐怖を与える科学の叡智は、
人類にとって、恐ろしい脅威として
存在し続けるのではなかろうか。
いや、もともとそういうものだったのだ。
それをみな知ろうとしなかっただけだ。

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『なずな』

2011/05/15

堀江敏幸の新刊『なずな』(集英社 1890円)を読み終える。
一言で言えば、イクメン小説。
でも、育児を担当するのは、
実の父親ではなくて、
実の父親の兄。
では、実の父親は、どうしたのかと言うと、
海外旅行の仕事で交通事故に、
実の母親は、出産後、入院せざるをえない病気にかかってしまう。
ということで、兄の出番。
兄は地方紙の記者。
記者の仕事もしつつ、
弟の子の育児に奔走するという物語。
読後感は爽やか。
ただし、長編小説。
436頁ある。
装幀は、何と自装。
天は二物を与えずというけれども
堀江敏幸という作家は、
本当に恵まれた作家としかいいようがない。
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