あしかけ10年にわたって「さるさる日記」を利用して
書いてきた「竹の子日記」が本日をもって終了してしまった。
ということで、
7月1日より、
新生「竹の子日記」が始まります。
というより、
こちらにすでに拠点を移してありましたが。
これからは、
こちらでまた読書日記を
中心に書いていきます。
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釜石のこと

2011/06/28

かつて牧羊社という出版社から刊行され初めて
結局途中で終わってしまった
『自選100歌選』シリーズの
大西民子集を必要があって
再読していたが、
「あとがきにかえて」を読んでいて、
釜石という町の悲運というものに
つくづく思いいたった。

「私の赴任したのは岩手県立釜石高等女学校、
まだ二十歳の教員であった。翌年終戦まぎわ
になって、釜石は艦砲射撃を浴びることにな
ったが、海岸伝いの直線距離で数十キロメー
トル離れた陸前高田市にはそのころ母と妹が
住んでおり、昼も夜も続く砲撃の音はその町
まで聞こえ、北の空が真っ赤になるのも見え
たという。釜石が全滅したと聞いた母と妹は、
攻撃が終わったら、せめて死体だけは探しに
行こう、と話し合っていたという。通信手段
もなくて私は遠野に逃れて生き残っているこ
とを、家族に知らせることさえも出来ないで
いたのであった。そのようなつらい思いも、
のちの日になって親子三人で話し合うことも
あったが、そうした共通の思い出を語り合う
家族は、だれ一人いなくなってしまった。」

昭和61年1月4日と日付が記されている。
釜石という町は何度も試練にさらされてきた
のだと、無知な自分を恥じながら、粛然とした気持ちで
大西さんのこの文章を読んだ。
もちろん、大西さんの人生そのものも
悲劇の連続というしかないものであったが。
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「短歌往来」7月号の
大口玲子さんの「逃げる」30首の中に次の歌を見つけてびっくり。

・小紋潤ちひさくなりて行儀よく煙草吸ひつつ肉焼きくるる

小紋さんが長崎にいるという話は聞いていたが、
歌の中に、生身の小紋さんがいるのが分かって納得。
ぼくにとっては、
小紋さんはいつも伝説の存在だから、
長崎にいるというのも、
伝説の一つかなあと思っていたのだが、
この歌を読んで、
生身の小紋さんの存在を捉えることができた。
大口さんは、
震災前は仙台に住んでいたが、
「編集後記」には、
次のように書いてある。

・大口氏は現在、幼児のためにも放射能を避けて
 九州各地に移り住んでいるらしい。

そうなのか、それで長崎にいたんだ。
今はどこにいるのかなあ。
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入手

2011/06/23

淑徳の1限は、
久しぶりに全員そろう。
ただし、
遅刻が多く、
1時間ほど遅刻した女子学生もいた。
今日は、春日井建と佐佐木幸綱をとりあげた。
わりと好みの歌が多くて、
こちらとしてはやりやすかった。
しかし、もうあと5回だ。
15回のうち、もう三分の二終わってしまったのだ。
この早さに、
いろんなことを考えさせられる。

大学の帰りに、書店に寄る。
今日は『図書館革命』の発売日だ。
もちろん、平棚にある。
即購入。
あと、何かないかなと思ったが、
めぼしいものはあらず。
やむなく帰る。
それにしても暑い。
7時前の天気予報により、
34度を超えていたことを知る。
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ここしばらく、
遅まきながら有川浩の「図書館戦争」シリーズを読んでいる。
今日淑徳の学生に聞いたところ、
何と6人中4人が読んでいる。
読まれているんですねえ。

今読んでいるのが『図書館危機』。
実は、このシリーズは、
単行本で出された時に、
全冊購入している。
ところが、すべて娘に確保されたため、
『図書館戦争』の冒頭を読んだだけで、
後は全く読んでいない。
で、今読んでいるのは、
角川文庫版。
こちらを読んでいるのは、
おまけが多いから。
一つは、短編が付いている。
もう一つは、
作者の有川浩と児玉清さんとの対談が載っているから。
対談した時期は、3月とあるからびっくり。
3月になってからは、
ラジオの収録もできないような状態だったのに、
この対談は何とかできたようだ。
読んでみても、病状を感じさせるような物言いはない。
この対談は④の『図書館革命』までは掲載されていることを確認。
別冊の2冊に掲載されるかどうかは、未確認。



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ショック

2011/06/09

「図書」6月号に掲載されている
田村書店の広告を見て、ショックを受けた。
いくらなんでも、それはないよなという値段の付け方。
何と『白秋全集』全40巻が、
1万3千円。
一瞬目を疑った。
何かの間違いではないかと思った。
しかし、
1万3千円。
『丸山真男集』が17冊で2万8千円。
『白秋全集』より冊数は半分以下なのに、
値段は倍以上。
いったい、この差は何なのだろう。
ぼくの推論は、
要するに40巻は多すぎるというものだが、
当たりだろう。
これだけの冊数を入れるスペースの確保は
今はかなり難しいのだ。
岩波書店も、
全集ではなく、
選集にすべきだったかもしれない。
軽薄短小文化は、
家が小さくなるに従って
今後さらに加速されるだろう。
量が多いともう駄目なのだ。
全集にもダイエットすればいいということなのかもしれない。
文化の衰退はかなり厳しいところまで来ている。


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短歌研究賞

2011/06/08

塔短歌会のブログを見ていたら、
短歌研究賞について書いてありました。
柏崎さんと花山さんのお二人が受賞とありました。
内容は以下のとおりです。
柏崎さんの詩歌文学館賞に続いての受賞は
実に嬉しいですね。

第47回短歌研究賞(短歌研究社主催)は、
花山多佳子さんの「雪平鍋」(30首)と
柏崎驍二(きょうじ)さんの「息」(20首)に決まった。
授賞式は9月16日午後6時半、東京都千代田区の如水会館で。

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永田和宏さんの新刊のエッセイ集『もうすぐ夏至だ』(白水社 1900円)
を読んでいる。
新聞に連載したエッセイを中心に編まれている。
永田さんのエッセイの特徴は、
要するに短歌に関わる内容だけでなく、
細胞生物学者としての書いてきたこともあるという点である。
岡井さんの場合だと、医師としてのエッセイはあまりなかった
気がするし、上田三四二さんもそうだったと思う。
つまり、岡井さんも上田さんも
書くものについては、短歌を中心にしてきたが、
永田さんは、そのあたりの区別はしないようだ。
ぼくは、永田さんの理科系の学者として
書いたものもおもしろく読んだ。
中には、
「大学時報」に載せた文章まである。
京都産業大学の新設学部「総合生命学部」において、
永田さんが学部長として、
何を教えたいかを語った文章である。
こういう文章もいいなあと思う。
要するに、
志のある文章なのだ。
常に訴えたいものがある。
実に若々しい精神の発露があるのである。
こういう文章を読むと、
読者の心にも、
その志が響いてくる。
こちらも若々しくなるような気がする。
一番面白かったエッセイは、
「熊の噛まれた話」。
これは傑作。
というより登場人物がすごいのだと思う。
悲しくなるエッセイもあって、
当然河野さんの死に関わるものはそうだ。
でも、ぼくが一番悲しくなったエッセイは
「三歳の知恵」である。
小学生時代、親と離れて生活した経験が
あるから、
母を失い、父は働くために、
子供を置いて京都に行ってしまっていて、
祖母と暮らさざるをえなかった
幼い頃の永田さんの姿は、
あの頃の自分を思い出させてせつない。


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新潮社の「波」6月号を
書店でいただいて、頁を繰っていてびっくり。
何と永田和宏さんの連載が始まっている。
「河野裕子と私」という題。
副題は「歌と闘病の十年」。
第一回のタイトルは
「私はここよ吊り橋ぢやない」。
川本三郎が妻の追悼記を以前書いたが、
永田さんも、河野さんの病巣の発見から
昨年の逝去までを書くことにしたのだ。
8頁の掲載で、
じっくり読んだ。
読む者の心も引き締まる
とてもいい文章だ。
写真が一葉掲載されているが、
この写真もいい。

ただ問題が一つある。
ぼくはこの雑誌を
いつも書店の店頭で手に入れているが、
書店でなくなってしまうと困る。
これは、定期購読しないといけないかなと
思い始めた。
ということで、
「波」を店頭に置いていない書店もあるのて、
この連載を読みたい方は、
定期購読されるといいと思います。
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はまねさん

2011/06/02

福井和子さんという方から、
『花虻』(角川書店)という歌集が送られてきた。
ヤママユの方。
もちろん面識はない。
奥付の前の頁を見て、えっと思った。
装幀は田口良明さん。
装画は何とひがしはまねさん。
そうか、はまねさん、こういう仕事をするようになったんだと
少し感動する。
でも、実は、
ぼくが知らないだけで、
もうあちこちで、
はまねさんは、
こういう仕事をしているのかもしれない。
はまねさんは、
高野公彦さんの
お嬢さん。
一度だけ、
日本教育会館のエレベーターの中で、
会って挨拶をしたおぼえが
あるような気がする。

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