「短歌総合新聞」と銘打った「梧葉」という季刊の新聞がある。
その42号の特集が「手放せない歌集わたしのベスト3」。
10名の方が執筆しているが、
その中にコスモスの斉藤梢さんがいる。
梢さんが一番に挙げたのが、
蝦名泰洋さんの『イーハトーブ喪失』。
蝦名さんは神出鬼没で、しばらく活動していないなあと思っていると、
突然消息が伝わってくる人だ。
多分歌集としてはあるのはこの一冊だけだと思う。
今後、全歌集を出すなんてことはないと思うが。
この歌集は、沖積舎から平成5年に出されている。
ぼくはこの歌集を拙著『同時代歌人論』の返礼としていただいた。
多分、佐藤通雅さんが間に入っていたような気がする。
今書棚からこの歌集を取り出してみたら、
何と丁寧な礼状が入っていた。
読んでみると、
岡井隆批判が主であった。
かなり鋭い岡井批判だ。
ぼくの『同時代歌人論』も
結果としては岡井批判だったので、
蝦名さんも反応されたのではないかと思う。
この歌集は、実に爽やかな歌集で、
歌しか載っていない。
あとがきすらない。
ただ別刷りのプリントが二枚入っていた。
この別刷りも蝦名さんの手製。
さて、蝦名さんの歌はどんな歌か。
少し紹介する。

・駆け抜けてなにを探しに来たのだろうここには砂の町があるのみ

・真夜中に開いててくれてありがとうほかに行くとこなくてコンビニ

・ランボーのその後の生に価する清い失語をしからずば火を

前衛短歌の影響をかなり受けていると思うが、
蝦名が詠みたかったのは、
前衛短歌を超える歌ではなかったかと思う。
その意欲が歌集全体にあふれている。
最近話題になっている若手歌人の歌集と比べてみて
遜色ないとぼくは思うがどうだろう。
この歌集刊行時の蝦名の年齢は分からないが、
多分30歳よりも若いのではないだろうか。
そのころから、
蝦名はずっと試行を続けているのであろう。

ところで、ぼくのベスト3は何だろう。
ベスト1は決まっている。
高野さんの『汽水の光』だ。
2は、宮先生の『多く夜の歌』かな。
3以降は迷うなあ。
一度考えてみよう。

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後期開始

2014/09/26

淑徳の後期の授業が今日から始まる。
仮登録のメンバーは、23名。
ところが、出席は16名+1名。
1名は追加登録したとのこと。
ということは、
どうやら、
正式に登録する人数は、20名くらいかな。
歌会も授業中に行うので、
20名くらいが、限界かなとも思う。
要するに、創作の授業だから、多くても困るのだ。

帰宅後、コスモスの編集部から電話。
10月11日の件。
日帰りで三鷹の編集室に出かける用事の件。
三鷹には、20年くらい前に一度行ったことがあるが、
もちろんどうやって行ったか覚えてない。
三鷹台の駅からどうやって行くのか若干心配。
こういう時はスマホがあるといいかもしれない。
もちろん使う気はさらさらない。
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加藤孝男さんの『短歌と俳句はどう違うのか』を読んでいたら、
高野さんの作品について述べている箇所があった。
「永遠の風景」と題のつけられた文です。
引用します。

「高野は独自な存在感をもつ歌人として知られています。
その歌の手法は、永遠に向かって思いを放つとでもいう
べきでしょうか。その歌には長い時間意識がしめされて
います。」

「永遠に向かって思いを放つ」という指摘はなかなか鋭いと
思います。また、「長い時間意識」という点も。
この文の後に引用されたのが次の歌です。

・夏まひる木を挽きつくししんしんと丸のこぎりは回りけるかも
・風いでて波止の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸の海

引用歌もいいですね。


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「象」98号が届く。「しょう」と読む。
旧「原型」系の雑誌。
この雑誌に、
馬淵典子さんの第4歌集『遠き橋』の歌集評を書いた。
馬淵さんは、斎藤史さんのお弟子さんだが、
お弟子さんの中でも随分をかわいがられたと
以前聞いたことがある。
この雑誌には、
安江茂さんも書いている。
安江さんは、旧「白鳥」に所属されていた方。
当然「人短歌会」の会員でもあった。
安江さんは、岡野弘彦さんに目をかけていただいていたようだ。
だから、安江さんと隣り合わせで文章を発表することになったのは、
少し安江さんに申し訳ないような気がする。
安江さんの前半の文章は、
かつて先輩に教えてもらった歌集の読み方を
述べているが、そんなふうに歌集を読むのは
大変だなと思わざるをえなかった。
ところで、ここまで述べたことは別にどうでもいいことで、
馬淵さんの歌集が、日常詠中心の歌集が多いなかでは、
貴重な歌集だということを述べておけば、
今日の記述の役目は終わりということになる。
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「短歌往来」10月号に
小島ゆかりさんが「盆のごちそう」と題する
33首を発表している。
この33首のなかに、
「悲しみの人へ」という詞書きの付けられた歌があるが、
「悲しみの人へ」という詞書きは、この歌を含めた6首
すべてに付けられているのだろう。
6首すべて引用する。

・きみ思ふきのふまたけふ淡青のあさがほ咲(ひら)く休らひたまへ

・はるかなるそのふるさとのゆたかなる海のちからのねむりを君に

・なぎわたるただしづかなる海としてあさがほひらけ君のほとりに

・たましひのことわからねどやはらかき陽差しを肩に載せて君をり

・悲しみを言はぬ人にてつねのごと神保町をわらひつつ行く

・鱧食べてまなざししづかなる人よ悲しみは水のにほひとおもふ

「悲しみの人」が誰であるかもうおわかりでしょう。
「悲しみの人」は決して「悲しみを言は」ない。
多分言うべきではないという強い信念をもっていらっしゃるのだろう。
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栗木京子さんの新刊『現代女性秀歌』が出された。
ちゃんと「女性」となっているのがいい。
「女流」は苦手だ。
この本には以下のような記述があって、
いいことが書いてあるなあと思い、
少し長いが引用させてもらいます。113頁です。

「考えてみると、短歌は昔からいつも弱い立場の者たちに寄り添って
きた表現形式なのではないでしょうか。病名の付くほどではなくても、
体調が悪い時、気力が湧かない時、つらくてたまらない時、生きてい
るのが虚しなる時。そういう時は誰にでもあります。けれども、心や体
が荒地の状態になった時、五七五七七に言葉と思いを乗せれば、
短歌のしらべはそっと寄り添ってきてくれます。そして、デコボコの
地平に水を注いだり、柔らかく土を均したりしてくれます。そんな短歌の
力は、雨や太陽や風のような自然の恵みに似ているなあ、と時々思う
ことがあります。」(第4章 病と向き合う歌)

この第4章には「心の病」についても書かれていて、
永井陽子さんの歌も取り上げられている。




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文庫版の『家族の歌』(文春文庫)を永田さんが送ってくださる。
単行本とは少し内容等も変わっている。
副題も「河野裕子の死を見つめた344日」から
「河野裕子の死を見つめて」になっている。
というのも、河野さんが亡くなられてからの連載分を
すべて載せているから。
文庫版のあとがきは、
永田紅さんが書いているが、このあたりのことを
次のように書いている。

単行本刊行時にはまだ連載が続いていたが、
今回はその後の三か月分を補完し、二〇〇九
年九月から二〇一一年三月の連載終了時まで
のすべての文章を時系列にそって収めた。各
エッセイの末尾には新聞掲載日を付してある。

この中の「時系列にそって」が大事ですね。
というのも、単行本の方は、テーマごとの配列
だったので、時間の流れをうまく掌握できないという
きらいがあったが、その点が解消されているので、
この文庫本のほうが随分読みやすいと思う。

それから表紙も変えてあって、
何と青磁社の入り口の階段に、
永田家のみなさんが並んでいる写真。
永田夫妻、永田淳夫妻、紅さん、
さらに、孫さんの櫂くん、玲ちゃんも映っている。

値段も手頃なので、多くの人に読まれるといいなと思う。
歌の家族の文章の良さを味わってもらえるのがいい。
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永田紅さん

2014/09/07

「図書」9月号に永田紅さんが書いている。
題は「コアセルベートの記憶」。
この題は文系の人間には分からない。
オパーリンの『生命の起源と生化学』という本に
ついて書いた文章なのだが、
ぼくは「コアセルベート」について学んだ記憶はない。
永田さんは高校一年の地学の授業で習ったとのこと。
それで、なぜ歌人の永田さんがこのような文章を書いているのかというと、
これは岩波新書の創刊3000点を突破した記念で
さまざまな分野の人からの寄稿を載せていて、
永田さんもその一人ということ。
この文章の中で、
『日輪』の歌を二首あげて
歌の秘密を書いている。
それ以外は短歌とは関わりのない内容。
ただ梅棹忠夫の『知的生産の技術』が
実家の本棚に三冊あるというエピソードが書かれている。
ということは、河野さんも読んだということかなあ。
河野さんと梅棹忠夫というのは、
あまりピンとこないのだが。
そうそう、永田紅さんの肩書きは、
「歌人・農学博士」となっている。


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