新体制による第一号とも言うべき
「塔」1月号が届いた。
表紙を見てとにかく驚いた。
これは短歌の雑誌なのか。
いや、「塔」という建築関係の雑誌なのではないのか。
あまりに斬新なのだ。
表紙の字が「塔1」となっているから余計にそう思う。
いやあ、とにかくかっこいい。
短歌の雑誌もここまで来たかと、あきれるしかない。
吉川さんの「主宰就任挨拶」によれば、
表紙やカットは、すべてデザインディレクターに依頼したとのこと。
そういうことかと、納得。

さて、頁を繰っていって、こんな歌を見つけて嬉しかった。

・三ノ宮の古書店のワゴンの中に初井しづ枝の『花麒麟』みつけし
・『花麒麟』わが抱き締めたき心地する姫路に生れし多磨の歌人を

作者は古林保子さん。
初井しづ枝は、多磨の歌人ではあったが、
宮柊二の「コスモス」創刊に参加し、
コスモスにとっては大切な歌人である。
他結社の雑誌に、こうしてコスモスの大切な歌人が詠まれるというのは
本当に嬉しい。
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五黄の寅

2015/01/26

 杏ちゃんの新刊『杏のふむふむ』(ちくま文庫)を読んでいてびっくり。
「五黄の寅さん」というエッセイを見つけたので、
その頁を開いてびっくり。
書き出しはこんなふう。

「二〇一〇年。
 寅年に生まれた私にとって、二度目の年女を体験する一年が
やってきた。
 寅はトラでも、三十六年に一度のいわゆる「五黄の寅」にあたる
年に生まれた私は、その言い伝え――この年に生まれた人は強い
個性を持ち、特に女性の場合はその強さのあまり、お嫁にいけない
という伝承がある――を小さい頃から聞かされて育った。」

そうか、杏ちゃんも「五黄の寅」か。
ぼくも五黄の寅年生まれ。
つまり、杏ちゃんより三十六歳年上ということ。
ぼくも昔から「五黄の寅」「五黄の寅」と言われてきた。
もちろん、このエッセイの面白いのは、
ここを発端にして、年賀状のデザインをどうするかという
ところ。そのデザインの結果も載っている。
ぜひ書店で立ち読みしたもらいたい。
ここまでやるかと誰でも言いたくなる。
でも、杏ちゃんはやっちゃうんだよね。
なお、この文庫の解説は、
何と村上春樹。
嘘とお思いの方は、
どうぞ書店で手にとってください。


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「コスモス」2月号で出逢った歌を少し紹介する。
まず宮英子さんの歌。

・あんみつがたべたくなれば杖プラス車椅子でゆく近くのカフェへ

「杖プラス車椅子」と詠むのがすごい。まもなく98歳になられる。
いつまでも若い歌を詠まれる。

狩野一男さんの歌。

・馬鹿だなあバカだなあ安部政権になめられちやつて、我々みんな

そうか、彼は国民をなめているのだ。
影山一男さんの歌。

・みな若くひたむきなりし歌と文ガリ版刷り「棧橋」二十八冊

ぼくもガリ版刷りの28冊を持っている。宝物。
木畑紀子さんの歌。

・亡き夫君いますがに棚に並べありしリラダン全集、帆船模型

昨秋亡くなられた雨宮雅子さんのお宅をかつて訪れた際の体験
を5首にまとめている一連の中の歌。「亡き夫君」とは、竹田善四郎
氏。雨宮さんと竹田さんとでかつて「鴟尾」という雑誌を出していた。
そう言えば、小中英之さんも作品を載せていた。
「鴟尾」に竹田さんが連載していた文章はもう日の目を浴びることは
ないのだろうか。


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二つの砥石

2015/01/17

「コスモス岩手」1月号には、
会員のみなさんの、昨秋北上市で開催された全国大会の
感想等が掲載されている。
その中で吉田史子さんが、
高野公彦さんの総評の一部を紹介しているが、
その内容が実にいい。
以下に紹介する。

「私は荒砥と仕上げ砥の二つの砥石を持っている。仕上げで
ダメな時は荒砥に戻る。ダメな歌を捨てないでもよい。しばらく
置いておく。小さな引き出しに途中の歌を入れておくが、長い
ものでは十年前のものもある。推敲をしないで出すのは宝石
を石ころで出すようなものである。」

肝に銘じておきたい内容ばかりで、きちんと記録していただいた
吉田さんに感謝したい。
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感無量

2015/01/17

1月12日午前に
T氏よりお電話をいただいた。
まず嬉しかった。
そして、感無量。
とうとうここまで来たんだという思い。
長いと言えば長いし、
短いと言えば短い。
強いて自分をほめるならば、
人と人との出会いを大切にしてきたことであろう。

別にここを目指してきたわけではない。
多分目指していたら、こういうことにはならなかった気がする。
しかし、時間が経つにつれて、
これはなかなか大変なことだという不安が増してきた。
何かつまらないミスをすれば、
責任をとらなくてはいけないのだろう。
一人一人の思いを大切にするしかないかなと
今のところは、覚悟は決めた。
あとは、実践のみ。
自ずからその評価は明らかになるだろう。
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「うた新聞」1月号が届く。
巻頭は馬場さんと高野さん。
高野さんの15首の題は「うただま」。
漢字で書けば「歌魂」。
最後の歌にこの言葉が詠まれている。

・詠み出づる十中八九凡歌にて倦まず詠みつぐわれの歌魂

こういう自覚があるからこそ、
高野さんの歌が珠玉となるのだと思う。
こんな歌もある。

・伊予の出の歌詠みがゐて筆硯といふ語にとほくパソコン打てり

ということは、ふらんす堂の日記もネットで送っているのかなあ。
そしてこういう歌。原発再稼働が近い。

・地震国木々落ち葉せりしづかなる原発再稼働の蠕動

巻頭評論は永田和宏さんの「歌壇を相対化する目を」。
とても大切なことを語っている。
多くの人にぜひ読んでもらいたい文章である。
日本の国が大きな曲がり角に来ているのは確かなのだから。
宰相がいかにも誠実に語るのだが、
どう考えても、彼の懐には、段平が隠されている気がしてならない。



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獺祭

2015/01/06

ふらんす堂の短歌日記の今年の担当者は何と高野さん。
毎日更新しなくてはいけないのだが、
果たして高野さんはネットで更新しているのだろうか。
それともアナログなのだろうか。
まあ、それはいいとして。
それで、今日も覗いたところ、
何とこの前話題にしたところの、
「獺祭」のことが地の文に書かれている。
ここのところは、
高野さんは「獺祭」オンリーなのだろうか。
ぼくは、今日は「浦霞」の「禅」を飲んだ。
明日は多分「獺祭」。
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他の結社の方からも年賀状をいただいていますが、
その文面に「「棧橋」の終刊」が寂しいとある方が何人かいました。
でも、本当に寂しいのは、われわれ旧「棧橋」同人です。
こうして「旧」と書かなくてはいけないこと自体、辛い。
自選で年4回12首ずつ発表してきた場がなくなってしまった。
年4回必ずしてきた批評会という場もなくなってしまった。
こういう自覚がボディブローのように効いてきています。
多分、これからもっと効いてくるでしょう。
その状態を「棧橋」ロスとでも言うのかなと思います。
とは言っても、個人的には、
「年頭所感」に書いたようにやらなくてはならないことは、
いくらでもあるので、始終「棧橋」ロスにいるわけにはいきませんが。
ただ時としてエアポケットに落ちたように、
「棧橋」がもうないんだという寂しさが募るときが
あるのは、何ともしようがありません。
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年頭所感

2015/01/04

最近は、いろいろやろうと考えたこともすぐ忘れてしまうので、
ここに書いておきたい。

今年特に心がけたいことは、まず宮先生の歌を読むこと。
コスモスという結社の一員である以上、
宮先生の歌を愛読するのはごく当たり前のことだと思うが、
実情はそうでもないので、
率先垂範、しっかり読んでゆきたい。

次に考えているのは、近代短歌の振り返り。
精力的に読んでゆきたい。

後は、懸案の本作り。
何とか3月中には目途をつけたい。
しかし、自分一人でどうこうできるものではないので、
一応の目途ということで。
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