昨年秋、120号をもって「棧橋」は終刊した。
その後、旧「棧橋」のメンバーを中心とした二つのグループが誕生した。
若手のグループは、「コクーンの会」。
すでに第一回の批評会を9月13日に東京で行っている。
ただ雑誌については、機が熟してからということで、
もう少し時間がかかるようだ。
そして、シニアのグループは、「灯船の会」。
旧「棧橋」のメンバーと新加入のメンバーを合わせて
65名での船出。
雑誌は10月10日発行予定だったが、
作業が意外に順調に進んだので、
早いところは、明日には届くはず。
批評会は、11月8日、京都で行う。
なお、第三号までは、半年に一冊のペースで、
四号以降は、季刊にする予定。
発行人は、桑原正紀さん。
編集担当は、一応私であるが、
基本は発起人6名の合議制で行っている。
今後は、いかに旧「棧橋」の殻を打ち破るかということになると思う。
まずは、創刊号をごらんいただいて、
忌憚のないご意見をいただきたい。
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松村正直さんが、
ご自身のブログ「やさしい鮫日記」で、
ぼくの第二歌集『游渉』から10首選んで
紹介してくださいました。
ありがたいことです。
何首かの歌については、
コメントが付してありますが、
いずれも我が意を得たりという
コメントばかりで、
これもまた嬉しく思いました。
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コスモス愛知支部の歌会。
出席者数は、9名。
このところ二桁にならない。
それぞれに事情があるので、やむをえないことです。
でも、支部の歌会に続けて出ている人は、力をつけてゆきます。
これは間違いない。
逆に出なくなってしまう人は、だんだん歌に力がなくなってしまう。
ところで、9人のうち、2人は、見学者。
それぞれカルチャーの指導者に誘われて参加。
一人は、ぼくのカルチャーの人。
何と、この方は、コスモスの創刊メンバーのお孫さん。
ぼくは、数回お目に掛かったことがあるような、ないような。
何せ、まだぼくが20代でしたから。
いやあ、懐かしい。
その方のお孫さんが支部の歌会にいるなんていうことは、
本当に驚きです。
そして、こんなこともあるんだなとつくづく思います。


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「コスモス」10月号の歌から。
まずいかにも新婚さんという歌。

・絡まつて寝ればグルルと音がしてどつちのお腹が鳴つたか揉める

動詞が多い。5つある。しかし、実に平和だ。
宮先生の『山西省』に、有名な動詞の多い歌がある。
こちらは、まさに戦場詠という歌。

・ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す

動詞が6つ。しかも複合動詞が2つ。
ということは、8つということになる。
これだけ動詞の多い歌はないだろう。
だから、臨場感にあふれている。
そう言えば、ぼくの歌にも動詞を5つ用いた歌がある。

・結論を言はず生徒の言ふを待つ心境を得るに三十年経つ

もちろん『游渉』の歌。
ある方の感想によると、動詞がぼくの歌には多いとのこと。
全く意識していなかったので驚く。

小島なおさんは、こんな歌を詠んでいる。

・〈強行採決〉その夜のこと老いてのち語るのだろう 忘れずにゐよ

これは衆院での強行採決を詠んだ歌。
12月号には、参院での強行採決を詠んだ歌があふれるかもしれない。

行動する人の歌。

・言ひ訳はやめて行くべしこの夕べ強行採決前夜のデモに

コスモスではこういう歌は珍しい方かな。
この人の歌をもう二首。

・ひとりです。わたしもです。と寄り合ひて高齢女性のデモ隊声あぐ
・来たくても来られぬ田舎のともだちの思ひも連れてデモに加はる

若者だけではないのだ。報道はシールズに傾いているが、
こういうデモ隊もとりあげてほしい。
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柏崎さんの『北窓集』に、
「棧橋」終刊に関わる歌が5首ある。
その中の2首はこうである。

・萩咲ける北三陸にわが在りて創刊号に稿を送りき
・創刊号表紙に刷られ匂はしきゆかりさん二十八歳の歌

「棧橋」創刊号の表紙には、
二人の歌が刷られている。
その一首は、小島ゆかりさんのこの歌。

・花を挿すグラス曇り手わが内に昏く発酵する言葉あり

この歌は、巻頭24首詠「春と秋のモノローグ」の3首目の歌。
なお小島さんの第一歌集『水陽炎』には、
この一連と同じ題で「春と秋のモノローグ」18首が
収められているが、「棧橋」に載せた歌は半分程度。
ということは、それ以外の、「棧橋」に載せた歌は、
小島さんが習作と判断して、省いたのだろう。

さて、表紙のもう一首は、柏崎さんの歌。

・坂道の岐れみちにて少女二人なにか話せり傘かたむけて

この歌は、同じく巻頭24首詠「北国晩夏」の5首目の歌。

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11月10日に、
明治村で一回限りの講座を開きます。
テーマは、明治の歌人の秋を詠んだ歌の鑑賞。
子規、晶子、鉄幹、牧水、空穂の
秋を詠んだ歌について語るつもりです。
会場は、
何と漱石邸。
畳の間だから、ちょっときついのですが。
さらに、おまけがあります。
明治村が所蔵している漱石の
初版本に触れることができます。
しかも学芸員からの説明付きで。
明治村は、なかなか遠くてという方も、
この機会に、明治村の秋を堪能しつつ、
少し勉強されたらいかがでしょう。

うーん、ここまで書いてきて、
なかなかうまいことを書いたなと思いました。
遠いし、お金もかかりますが、
よろしければどうぞ。
どうですか、東京方面の方も、
一泊するつもりで来られては。
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苦言

2015/09/07

今ごろになって「合歓」69号を読み出した。
「この歌集この一首」欄が
高野さんだったので、早速読んだ。
4名の方が高野さんの歌集から一首選んで
感想等を書いている。
こういうふうに歌集を読んで勉強するのはとてもいいことだ。
しかし、えっというミスがあって残念でならない。
例えば、『流木』を選んだ方は、
何と「第二十四歌集」と書いている。
もちろん「十四」の誤り。
また『汽水の光』を選んだ方は、
「解説文の中で先輩歌人は」と書いている。
解説を書いているのは、大岡信だから、
歌人ではない。詩人である。
それと、「先輩歌人」という言葉は、
なんだかいやな言葉だ。
せっかく高野さんの歌を取り上げてくれたのに、
こういう誤りがあるとなんだかなあという気持ちになってしまう。
やはり、活字になる以上、正確に書いてほしい。
それが勉強だと思う。
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読了

2015/09/06

永田淳さんの『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』
を読み終えた。
素直にいい本だと言える。
短歌についての本というよりは、
家族について、多くのことを考えさせる本だと思う。
歌人以外の人にも勧めたい本だ。
息子が母親を書くというのは、
あまり例がない気がする。
紅さんが書くという可能性もあったろうが、
淳さんだから、
このように冷静に家族を描くことができたのだと思う。
最終章の後半では、
時折涙がにじんできた。
多くの方にぜひ読んでいただきたい。

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ひまつぶし

2015/09/06

柏崎驍二さんの第7歌集『北窓集』(短歌研究社)を読んでいる。
こんな歌に出くわした。

・ひまつぶしと誤読せりけりひつまぶしといふものをわが知らざるなれば

柏崎さんは「ひつまぶし」を知らなかったのだ。
以前、柏崎さんに名古屋へ来ていただいたことがあったが、
その時、ひつまぶしを食べていただければよかったなあと反省。
でも、高野さんとは違って、
柏崎さんは、食にはあまりこだわらないようだ。
一度、また名古屋へ来ていただいて、
かの有名な「ひつまぶし」を食べていただきたい。
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永田淳さんが書いた『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』(白水社)
を読んでいる。
実に丁寧に河野さんの全容を書き表しているので安心して読める。
途中、こんな箇所を見つけて嬉しくなった。
ぼくも「棧橋」の同人であったので。

「話を帰国直後に戻そう。
そのころ母の口からちょくちょく「さんばし」という言葉が
のぼるようになった。
「さんばしの原稿を書かなあかん」
「さんばしの締め切りがある」といった具合に、
家中でしょっちゅう「さんばし」を聞かされた。
当時母は短歌結社「コスモス」に所属していたのであるが、
その結社内の同人誌として「桟橋」が創刊された直後であり、
母もそこに参加していたのである。「桟橋」は当時、ガリ版刷りで、
年に四回発行されていた。そこに作品を発表すると同時に、
母はエッセイのコーナーもまかされていた。
エッセイのタイトルは「お茶の沸くまで」、命名は父であった。」

「お茶の沸くまで」というタイトルは、
永田さんがつけたとは知らなかった。
ぼくの記憶では、
この「お茶の沸くまで」は、一部活字になっていないのではと思うが、
勘違いなのだろうか。
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