「黒豹」100号が届いた。
残念ながら終刊号である。
また一つ中味の濃い同人雑誌が消える。
終刊号だからと言って、
特に特集を組んではいない。
いかにも「黒豹」らしい。
伊吹純の連載「『埃吹く街』より」で、
宮柊二の「砂のしづまり」を取り上げているのは、
とても嬉しい。
とにかくご苦労様でしたとしか今は言えない。
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1万首以上

2016/12/30

明日でまた一年が終わる。
この一年で一体何首くらい読んでいるのだろうかと考えた。
コスモスの選歌、カルチャーや地域の歌会に提出された歌、
地域の短歌大会で選をした歌等々、
併せると、月に千首は超えているから、
年に軽く1万首は超えている。
これは恐ろしいことだと思う。
選をする以上、自分なりの価値観があるわけだが、
その価値観で他の人が必死に詠んだ歌を評価してしまっている。
当然中には、ぼくの選でなかったらという歌もあるはずだ。
こんなことを考えはじめると、恐ろしくなる。
しかし、選は一つの出逢いにすぎないと考えたらいいのかなと思う。
ぼくとの出逢いはうまくいかなかったけれど、
他の方との出逢いの可能性はいくらでもあるのだから、
新たな出逢いをもっと求めてほしい。
つまり、鈴木竹志という歌人の価値観のみにこだわる
必要はないのではないかということだ。
読みの可能性ということになる。
読みの可能性にもっと信頼をおいてほしい。
ぼくは、こうしたほうがよくなると言った後、
でも、他の歌人なら違うだろうなとは思いつつ、
やむをえずそう言うしかない場に自分をおいている。

さて話がずれたが、
実際に読んでいる歌は1万首ばかりではない。
1年に何10冊もの歌集も読んでいるからだ。
例えば20冊読んだとすれば、約8000首読んでいることなる。
ということは、選をする歌、歌集の歌を併せると、
何と2万首以上は読んでいる。
高野さんのような新聞歌壇の選をしている歌人となると、
10万首以上読んでいるだろう。
これも恐ろしいことだ。
こんなことを書いていると、
短歌は実に盛況ではないかと思えてくるが、
果たしてどうだろう。
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いつのまにか、たくさんの短歌に関わる会にわが身を寄せている。
こういう経験から得られた一つのことは、
どうやら短歌を詠む人たちには、
大きく分けて二つのタイプがあるということだ。
比喩的に言うと、柳になれる人と、なれない人ということになる。
柳になれない人は大変だなあと思う。
風をまともに受けてしまう。
まともに受けることは実に辛い。
まあ、中には、その辛さを楽しんでいる人もいる。
そういう人は、楠なんだろう。
楠は、本当にいつも風や雨を悠揚として受け止めている。
ぼくは楠にはなれない。
何とか柳になれないかなと願うばかりである。
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今朝の「中日」の朝刊に、
第7回中日短歌大賞の受賞者が発表された。
『草雨』を出された小松久美江さんである。
水甕の選者をしている方である。
それと、功労者表彰を受ける方2名の名前も発表された。
とにかく受賞というのは嬉しいことである。
そういえば、中日歌人会の会員でもある広坂早苗さんが
さいたまの現代短歌新人賞を受賞した。
第二歌集『未明の窓』で。
こちらも嬉しいことである。

「灯船」4号の初校を印刷会社に取りに行く。

帰ってきたら、
染野太朗さんの第二歌集『人魚』(角川書店)が届いていた。
帯文を見てびっくり。
何と小説家の中村文則くんが書いている。
「同い年」とある。
まあ、中村くんが歌集の帯文を書くのは、
最初で最後ではないかな。
冒頭の歌はこういう歌。

・ネルボンという眠剤を処方され妻と笑いし冬もあったな

という平穏な歌から始まったこの歌集は、
読み進めると、実に不穏な世界に入ってゆく。
東日本大震災があり、
離婚するということになり、
不穏としか言いようのない日常が
詠まれてゆく。
事実と虚構のあわいを綱渡りしているかのようだ。
思わず、この不穏の世界に引き込まれてゆく。
危ない、危ないと思いつつ。
「あとがき」はない。
住所も明記されていない。

午後、青森の友人から
何と「豊盃」の純米大吟醸が届く。
これは、嬉しい。
一度飲んでみたかった酒だ。
まだ地元の純米酒が残っているので、
これを飲んでから、味わうことにしよう。
青森の酒は、「田酒」に限ると思っていたが、
果たしてこの固定観念は打ち破られるか、楽しみだ。
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冬至。
午前中、朝日カルチャー。欠席者2名。
終了後、丸栄地下の喫茶店で昼食。
その喫茶店に向かう途中、何と刈谷北の卒業生に
ばったり出くわす。
最初全く誰か分からなかったが、
本人が名乗ってくれたので助かる。
大学を卒業して2年目。
東急ホテルに勤務しているという。
今日は休日で、バレエのレッスンを受けた帰りとのこと。
実に優雅に暮らしている。

昼食後、金文堂へ行き、2件依頼する。
見積もりは15000円くらい。やむをえない。
その後、中日新聞社へ行き、
歳末の寄付金を届ける。
今年はたくさん集まり、
何と11万円を越えた。

家に帰ると、「COCOON」の第2号が届いていた。
そうか、年四回だから、
もう届くのだと思い知った次第。
「灯船」年4回に移行する。
こちらは、年齢層がかなり上だから、
若干心配。

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誤植

2016/12/20

「NHK短歌」12月号を読んでみたが、
前号の誤植についての記事はなかった。
つまり、11月号に、これはちょっとまずいかなという
誤植があったので、訂正の記事が掲載されていないかなと思って、
わざわざあまり買う必要もなかった12月号を買ったのだ。
でも、おかげで、外塚さんの記述に出会えたので、
それはそれでよかったのだが。
「NHK短歌」11月号の22頁に、
冬道麻子さんの歌が引用されていて、
当然出典も明記されている。
しかし、その出典、つまり歌集名が
何と『リラの嵐』。
これはまずい。ぶちこわしである。
正しくは、『リラの風』。
「NHK短歌」編集部には、
この程度の誤植を訂正できるスタッフはいないのだろうか。
ちょっと心配だ。
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支部の歌会の日。
昨日からいろいろ連絡があって、
出詠者11名のうち、出席は何と6名。
ところが、これも驚きなのだが、
当日参加者が5名。
ということで。何とか二桁の11名が参加。
13時から16時過ぎまで、丁寧に読み合う。
やはり歌会の醍醐味はそれぞれの読みを
照らし合わせて話合うことだろう。
これを繰り返すことによって、
参加している人が自分の歌のどこに足りないものが
あるのか分かってくるだろう。
歌会に出なくして上達はなしと思うが、
なかなか出席する人が増えないのが残念。
歌会よりも、からだを使うことのほうが健康にいいからと
いうような人もいるようだ。
でも、
頭の健康には歌会は最適なんですけどね。
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「NHK短歌」12月号の「結社誌・同人誌の現在」に
「COCOON」が取り上げられている。
喜ばしいことである。
ついでにまた「灯船」が登場しているのも嬉しい。
執筆者の外塚さんが「COCOON」の中でも若手の3名の
歌を引用して、次のように述べているのは、ほめ過ぎかな。

「若手の作品を抽いた。これらの若手を含めたメンバーの多くは、
「コスモス」という枠を何れは越えて短歌界に羽ばたくに違いない。」

ところで、この前段のところで、外塚さんが
「年内には「はな」と「韻」が終刊を予告している。」
と書いているが、すでにこに書いたように二誌ともに
終刊号が出されている。
タイムラグがあるのかな。


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「週刊新潮」12月22日号の
「新々句歌歳時記」で、
俵万智さんが奥村さんの『ビビッと動く』から、
次の歌を取り上げている。

・藝大は芸大でなく藝大と藝大に来て初めて知りぬ

この歌は、先日のコスモスの出版記念会でも、
評者の小島なおさんが取り上げていた。
いかにも奥村さんらしい目の付け方である。
「ただごと歌」今もなお健在なりと言うべき歌だ。
なお、この歌集の版元の六花書林では、
売れ行きがよくて、在庫僅少とのこと。
お読みになりたい方は、お早めに。
なお、ぼくの一押しは、
この歌集中の「反面教師」という一連。
ここまで詠んでいいのかなと思ったが、
まさに奥村晃作の原点は、
ここだなと思い知った一連てある。
どうぞお読みください。
極端なことを言えば、この一連を読むためだけに、
この歌集を買ってよいのではないかと
ぼくは思うのである。
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中部日本歌人会の60周年の記念行事として、
1月29日に、
名古屋のルブラ王山で、
パネルディスカッションを行う。
このメンバーがとても豪華。
司会を含めたこの六人が一堂に会することは、今後ないのではないかと思う。
司会は、小塩卓哉。
パネラーは、
大塚寅彦、大辻隆弘、加藤治郎、栗木京子、島田修三。
もちろん全員会員である。

それで、現在参加者を集計中であるが、
会員だけで、130名を超える勢い。
一般の方の当日参加もOKなので、
果たして何人になるのやら。
150名は間違いなく超えると思う。

一年で一番寒い時期だから、
雪の降らないことを切に願う。
1月下旬だけ、暖冬にしてほしい。
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プロフィール

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