今日の中日新聞の朝刊に、
青山学院女子短大が、
2019年度以降の募集を
停止するという記事を載せていた。
そうなのかという感慨めいたものがある。
というのも、
高野さんが河出を辞めた後、
教授として相当の年月を過ごしていた
大学だからだ。
この大学で高野さんの授業を受けて、
短歌の道に入った人が少なからずいる。
その中には、
すでにコスモスの選者をしている人もいる。
特に母校という人は、
やはり寂しく思うだろう。
女子短大という教育機関は、
もう風前の灯火なのだろう。
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迂闊

2017/07/09

7日に話題にした写真がいつ撮られたものか分からなかったが、
今日、我が家に「保田與重郎アルパム」があることに気がついて、
早速調べてみたところ、やはり載っているではないか。
昭和30年5月29日とある。
なお、「佐佐木信綱研究」には、記載がなかったが、
小高根二郎氏も写っている。
小高根氏は、詩人の伊東静雄の研究者である。
それにしても、これだけの人を呼び寄せる
佐佐木信綱という歌人の
求心力ということについては、
一度考えてみたいテーマである。
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「佐佐木信綱研究」第8号が届いた。
「前川佐重郎氏インタービュー」という記事の中に
写真が多数掲載されているが、
その中の最後の一葉を見て少し驚いた。
当然信綱と前川佐美雄が写っている。
しかし、それ以外のメンバーがすごい。
鈴鹿俊子、川田順、五島美代子、そして何と五島いづみさんもいる。
それから後に有名人となる高田好胤、そしてさらに
保田輿重郎もいる。
前川佐重郎という名も、保田の名の一部をもらったのではなかろうか。
この写真を見ていると、そんな気もしてくる。
とにかく貴重な写真だ。
それと今さら私が言う必要もないことだが、
「佐佐木信綱研究」はいい仕事をしている。
こういう雑誌が他にも出てくると、
近代短歌研究も、
学問として十分成り立ってくると思うのだが。
どうだろう。

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「路上」138号が届いた。
目次を見て、あれっという感じ。
何とすべての原稿の執筆者が佐藤通雅となっている。
巻末の「ゆきしろ庵雑報」を見たら、
「しばらく純粋な個人誌の形で進めることにしました。」とある。
納得。
嬉しかったのは、
「柏崎驍二・帖」の連載が始まったこと。
やはり「ゆきしろ庵雑報」に
「「柏崎驍二論」という堅苦しいのでなく
「柏崎驍二・帖」として。」とある。
ただ読み進めてゆくと、
やはりこれは論だよなとは思った。
年齢的には柏崎さんのほうが、
二歳ほど上だが、
岩手県生まれで、高校の教員をしていて、
しかも歌人という共通点が多いわけだから、
柏崎さんにとって、
最適な方が柏崎さんの歌を読み進めてゆくのは、
本当にありがたいことだ。
じっくり読んでゆこうと思う。
コスモスの仲間たちにもぜひ読んでほしい。
当然この号は『読書少年』の歌について書かれている。
「『読書少年』1」とあるので、
数回続けられるのだろう。

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「現代短歌文庫」の131回配本の『新選 小池光歌集』が届く。
巻末のエッセイを読んで呆然とする。
題は「『日和』(永田和宏歌集)に差す日」。
出だしのところで、
桑原武夫と対面する場面が書かれている。
父親が知り合いだっとのこと。
第二芸術論なる扇動的評論を書いた御仁と、
小池さんが、かつて仙台で対面していたとは。
もちろん、小池さんは、東北大の理学部で物理を
専攻していたのだから、
この御仁がどんな人物かは、
きっと後々知ったのだろう。
今にして思えば、
桑原の論は、
随分粗雑だったと思う。
というより、
桑原以外の論もみな粗雑だったと思う。
短詩型文学批判が受けるから
こぞって書いたのではないかという気もする。
真摯に日本の文学の将来を憂えていたとは思えない。
憂えていた人たちばかりだったら、
今の日本の文学の凋落はないような気がする。
それとも、第二芸術論に与した人々は、
みな憂える中で、第一芸術の隆盛のために奔走したのだろうか。
そんなふうには思えないのだが。
第二芸術論も結局流行に過ぎなかったのではなかろうか。
とにかく流行が大好きなお国柄だから。
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