月曜日、「暮しの手帖」を買いにゆこうとして、
郵便受けを見たら、奥村さんからの郵便。
何かなと思って開くと、
何と買いにゆこうとしていた「暮しの手帖」。
何と表紙に「奥村晃作 暮らしの短歌」とあるではないか。
中を見ると、
「奥村晃作さんのただごと歌」というタイトルになっている。
16冊の歌集から50首選ばれて、掲載されている。
グラビアもある。
インタビューもある。
さらに題詠の募集もある。
いやあ、至れり尽くせりとはこういうことを言うんだなと
しみじみと思った。
現代の歌人が
「暮しの手帖」に8ページにわたって、
掲載されたことがあったのだろうか。
まさに前代未聞。
多分、「暮しの手帖」を定期購読している方たちも
さぞや驚いたことだろう。
そして、「ただごと歌」というものの
もつ迫力にきっときづいただろう。
ぼくの歌もどちらかと言えば、
「ただごと歌」に近いので、
まさにわが意を得た編集である。
これから、あちこちのカルチャー等でも
紹介したい。
いや、ぜひとも紹介したい。
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西村ツチカ

2017/11/28

「ビッグコミック」増刊12月17日号の
巻頭の「北極百貨店のコンシェルジュさん」は
久々にこれはと思わせる漫画だった。
作者は、西村ツチカ。
全然知らない。
しかし、凄いと思った。
こういう漫画家が突然あらわれるんだ。
高野文子以来だ。
新刊が2冊出るというから、
これは買わなくてはいけないと思った。
そんなこんなしていて、ある日、
「ちくま」12月号を見ていたら、
表紙裏の「ちくまさん」という漫画も
西村ツチカが書いていることを知った。
8コマの漫画だが、とてもいい。
味がある。
「痺れた」と言ったほうがいいかな。
ところで、この「ちくま」の新連載、
「東京のぼる坂くだる坂」を読んだが、
このエッセイもとてもいい。
今回は「幽霊坂」。
書いた人は、ほしおさなえ。
漢字で書くとどうなるんだろう。
「星尾早苗」かな。
あるいは「干緒早苗」かな。
とにかく全く知らない。
でも、この人の文章は読みたくなるものがある。
一文一文に、オーラがある。
次回は、2月号とか。
待ち遠しい。


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長く「短歌往来」に連載させていただいた
「歌誌漂流」は、12月号掲載分をもって、
終了させていただいた。
12月号掲載分が第212回である。
こんなにも長く掲載していただいて、
ながらみ書房さんには、本当にありがたく思っています。
厖大な資料との格闘の日々が、
しばらくはないという安堵感に今は満たされている。
ただ生来の雑誌好きの虫は、
そう簡単には冬眠に入ってくれないような気もする。
もう少し、違ったかたちで、雑誌について書くことは、
考えないでもないが、
まあ、少しゆっくりしたい。
と言っても、現実問題とししては、決してゆっくりしては
おられないのが、実情ではあるが。


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「灯船」7号批評会を名古屋で開催した。
会場は、名古屋駅前のウインクあいち。
21名が参加。
10時30分から16時30分まで、
批評のみに没頭す。
懇親会は、去年と同じ名古屋ガーデンパレス。
19名が出席。
その後、二次会。
二次会は、伏見地下街の日本酒を飲ませる店。
9人が参加。
勘定をしたら、あまりに安くて、
思わず間違っているんじやないのと言ってしまった。
この店、おぱんざいが無料だったのだ。
ぼくは「作」と「獺祭」を飲んだから、
何かめちゃくちゃ得をした気分。
帰宅したのは、10時前。
もちろん「精霊の守り人」には間に合わなかった。
録画してあるので、
明日じっくり見よう。
実に充実した一日だった。


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訃報

2017/11/21

大松くんのフェイスブックを見て驚いた。
お父さんが11月12日に亡くなられているのだ。
大松くんは、ぼくより20歳若い。
ぼくの父親もこの4月に亡くなった。
享年92歳だから、
まあよく生きたということだろう。
なのに、大松くんのお父さんは、
随分早い死なのかなと思う。
著作もいろいろあるようで、
そのこともびっくりした。
一度読んでみたいと思わせる表題の本が
何冊かあった。
謹んでご冥福をお祈りする。




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吟行会

2017/11/19

11月の第三日曜日は、
コスモスの愛知支部は、例年吟行会を開催している。
今回は、名古屋市の文化のみち二葉館周辺を
散策して歌を作るということにした。
参加人数は、13名で、
これまでで一番多い。
歌会は、文化のみち二葉館の二階の和室で行った。
畳の部屋で歌会をするというのも
なかなか味があってよかった。
今回の高点歌は、何と10票も入って、
ダントツでした。
時折時雨れも降ってくる肌寒い日でしたが、
われわれの部屋はぬくもりのある充実した
ものとなりました。

拙作は、
「時雨ふる桑名を出でて名古屋へと時雨は止まぬ橦木町にも」
という挨拶の歌。
実は、中日歌人会の役員会が桑名であって、
終わった後、名古屋へ向かったのでした。
橦木町は、二葉館のあるところ。
それにしても、
もう少し何とかならないかと言いたくなるような歌ですね。
まさに拙作。
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「六花」2号が届く。
この号はぼくも寄稿している。
中を開いてびっくり。
ぼくの文章が巻頭なのだ。
二宮冬鳥について書いた「痺れる」である。
アパート住まいの人間が何とか4ページにわたる文章を
書けたのは、とにかく二宮冬鳥のおかげである。
この文章にも書いたが、
一度だけ電話をしたことがある。
電話をかけて、もう掛けたくないと思ったことが二度あるが、
その一度が二宮冬鳥への電話である。
もう一度は、当分誰にも言えないだろう。
あまりにも失礼だったし、
当時の自分の甘さ加減もあったし。
さて、この冊子、実に読み応えがある。
PR誌と取られかねないが、そんなことはない。
自分の文章が載っているので、言いにくいが、
ぼくの文章はおいて、とにかく読み応えのある雑誌である。
奥村晃作さんへの16の質問とその回答が掲載されているが、
これが面白い。
好きな芸能人と聞かれて、
「マイケル・ジャクソン」と答えるのが、何とも言えない。
しかも、没頭しすぎて、寝込んでしまっというのだから、
いかにも奥村さんらしい。
とにかくのめり込むと半端ではない。
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連れ合い

2017/11/13

北村薫の新刊『太宰治の辞書』(創元推理文庫)を
今日手に入れて読んでいる。
実に贅沢な本だ。
大正3年に出された新潮文庫が口絵写真として掲載されている。
扉の文章を穂村弘が書いている。
解説を米澤穂信が書いている。
単行本にはないエッセイ2編と短編1編が新たに収録されている。
でも、ぼくにとって、一番贅沢なのは、
高野文子の装画である。
〈円紫さんと私〉シリーズは、すべて高野文子の装画である。
さて、本題。
最初の「花火」を読み終えた。
こんなフレーズがある。

「食べ終わると、連れ合いが先に出る。玄関まで行って、軽く《ごろにゃん》といった表情を見せる。」

「夫」とか「主人」という言葉は使われていない。
一貫して「連れ合い」である。
〈私〉は「連れ合い」しか使わない。
それにしても、〈円紫さんと私〉シリーズの前巻までは、
〈私〉は独身だったのだから、
驚くべき変化だ。
夫がいて息子がいる。
息子は中学生で部活は野球。

さて、次の「女生徒」を読もうか。

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つれあひ

2017/11/13

外塚喬さんから第12歌集『散録』(短歌研究社)が届く。
こんな歌がある。

・つれあひがたしなめるとき言ふことば〈怒ると命が縮まりますよ〉
・子機をもて部屋を離れるつれあひの話し相手をするは何者

ほとんどの歌は「妻」なのだが、
この二首は「つれあひ」。
使い分ける理由はあるのかと思わず考えてしまう。
ところで、「子機」は広辞苑にはない。
第八版には載るのだろうか。
こんな歌もある。

・四国四県まだ知らざるは公彦の愛媛なかでも肱川あらし

「公彦」はもちろん高野公彦さんのこと。
それにしても愛媛を知らないとは。
松山を訪れたことはないのだろうか。
「肱川あらし」は、丁度いまごろらしい。

この歌はいい。

・石蕗の花に日差しのとどまりてそのめぐり飛ぶ冬の蜜蜂

もう少ししたら、我が家のあたりでも、
こんな光景に出遭うだろう。
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土管坂

2017/11/07

昨日紹介した朝日歌壇の佐佐木幸綱さんに採られた
井上さんの歌は常滑の土管坂を詠んだ歌だ。
幸綱さんも「土管坂」への執心があったようだ。
土管坂は、常滑の観光に一役買っている。
確か今は「やきもの散歩道」の重要なスポットになっている。
しかし、私には、
土管坂も含めて、この「やきもの散歩路」は
苦い思い出の中にある。
教員時代、何度この路を通ったことか。
家庭謹慎になった生徒の家が、
このルートの中にあったのだ。
当然車で行けない。
かなり下のほうにある空き地に車を止めて、
その家まで歩いて通った。
当時も住んでいたのは刈谷だから、
家庭訪問をする日は、相当遅くなる。
謹慎はかなり続いたから、
本当につらい日々だった。
しかも、この生徒は、
結局卒業することなく去って行った。
だから、「土管坂」というのは、
ぼくには、その当時を呼び起こす、
少し苦手な地名だ。
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