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蒲郡の俊成短歌大会の案内が届いた。
何と、来年の4月29日の短歌大会の講演は、
小生が担当。
題目は、「歌のいのち」。
もちろん選歌も担当。
詠草の締め切りは、
来年の2月1日。
多くの方の応募を期待したい。
翌々日には、元号が変わるという日に、
講演をするというのも、少し不思議な感じがする。

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現代短歌・南の会の雑誌「梁」の95号が届いた。
40年目とあるから、すごい。
超結社の雑誌で、これだけ長く続いている雑誌は
あまり聞いたことがない。

編集後記で伊藤一彦さんが書いているが、
島内景二氏の長編評論「小野葉桜と藤田世津子」は、
圧巻としか言いようのない評論である。
宮崎県西郷地方出身の歌人である小野と藤田について
書いているのだが、
特に「7 藤田世津子と駿河梅花文学大賞」の賞は、
読み終えて呆然するしかない内容である。
この内容を詳しく書くことは無理なので、
関心のある方はぜひこの雑誌を手に入れて読んでいただきたい。
結末だけ簡単に書けば、
受賞した藤田世津子も、
最後まで推さなかった春日井建も、
最後まで推した種村季弘も、
2004年に亡くなった。
三人ともに癌で闘病中であったのだ。
春日井も種村も文学者としての矜持を貫いたのであった。
賞の選考というものが自分自身のすべてをもって
なされたのだとしか言いようがない。

藤田世津子の受賞歌集は『反魂草』。
平成15年にながらみ書房から出されている。
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昨日の穂村さんの文章に刺激されて、
書庫から大松達知さんの第一歌集『フリカティブ』を
出してきて読み始めた。
やはり面白い。
面白いというのは、不謹慎なもの言いかもしれないが、
この歌集の感想としては、「面白い」あるいは「愉快だ」が
適当かなと思う。
書誌を少し。
2000年9月30日発行。
柊書房刊。
コスモス叢書631番。
特記すべきは、栞があること。
というのも、コスモスの歌集は、栞を入れることはほとんどないから。
執筆者は、実に豪華。
吉川宏志、米川千嘉子、そして高野公彦。
もちろん、選歌も高野さん。
では、歌を少し。

・さういへばなどと授業を中断し予定どほりの余談に入りぬ

ぼくもかつてこの手をよく使ったなあ。

・妻をらぬゆふべ聞きをり留守電のこれから帰るといふわれの声

今はラインがあるからこういう悲喜劇はありえない。

・買つてきてあげたわと妻は言ふけれどわが給与にて飲むこのビール

きわどいなあ。これ以上言うとやばい。
最近、大松くんの歌は、このきわどさにチャレンジしているような
歌が多くて、ひとごとながら、ぼくは心配しているのだ。
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中日新聞夕刊に不定期掲載の穂村弘さんの連載
「やわらか眼鏡」、今日掲載されている。
題は「禁断のラーメン」。
書き出しを引用する。


「こんな短歌がある。

かへりみちひとりラーメン食
ふことをたのしみとして君と 
わかれき     大松達知

わかるなあ、と思う。
「君」とはたぶん恋人だろ
う。大好きで一緒にいると楽
しい大切な相手にちがいな
い。けれど、にも拘わらず、
作中の〈私〉は、その「君」
と別れた後の帰り道に、一人
で「ラーメン」を食べること
を密かに楽しみにしているの
だ。」

デイトをしておいて、さらに今度は大好きなラーメンを
食べることに浮き浮きしている「作中の〈私〉」は、何という
不届き者と非難されるかもしれない。
でも、多分こういう考えは古いのだ。
また「君」は、「作中の〈私〉」ほどには、ラーメンが好きでは
ないのかもしれない。
さらに言えば、本当に美味しいものは、一人でじっくり味わいたい
という願望もあるのだ。
という具合に、この、「作中の〈私〉」について語ることができるのが、
この歌の一番良いところではないかと考えている。

穂村さんの文章は、この後かなりエスカレートしてゆく。
興味のある方は読まれたし。
多分、東京新聞にも掲載されていると思う。

これは穂村さんのいつもの流儀だが、
引用出典を記さない。
ということで、代わりにぼくが。
この歌は大松くんの第一歌集『フリカティブ』の歌である。


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先日「滄」99号が届いた。
この号には牛山ゆう子さんの『しぐれ月』の評が掲載されている。
小池光さんも書いていて、こんな歌を取り上げている。

・眼のなみだ頬にこぼさず見送らむ青井史ひと生を歌に生きたり

この歌について、小池さんが次のように書いている。

「青井史は「かりん」から出て、じぶんで結社を立ち上げた。
与謝野鉄幹についての重厚な評論も書いた。これからという
ときに、病に倒れ、亡くなった。あれから何年経つのだろう。
牛山さんは、どういういきさつからか故人と交流があったものの
ようだ。」

青井さんが「かりん」を出て、「狩人」という結社を起こしたことは
よく知られている。
ただ、青井さんの出発は実はコスモスである。
このことはあまり知られていない。
ぼくは1973年の夏にコスモスに入会したが、
この時には青井さんは入会していた。
1974年1月号には、その二欄に三首掲載されている。
達者だなあという気はする。ひょっとして、
コスモス以前もあるかもしれないと
思わせるような達者ぶりである。コスモスの場合、
必ず在住地を明記するのだが、
青井さんは、「半田」と記している。
いつごろコスモスを離れたかは確認していない。数年だと思う。
この1月号にはぼくの歌はない。欠詠している。
入会して数ヶ月も経たないうちに
欠詠のほうが多くなってしまった。
この欠詠状態がしばらく続く。
欠詠状態から脱却できたのは、ある出逢いがあったから。
それ以来欠詠は一度もしていない。

因みにこの1974年1月号のその二欄で、
存命が確認できるのは、
欠詠しているぼくと小島静子さんだけである。
小島静子さんは、小島ゆかりさんのお母さん。
何とも歳月は過酷な仕打ちをするものよと思う。

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芝学園

2018/10/22

坪内祐三の『昼夜日記』を読んでいたら、五木寛之と北方謙三の対談
で、五木が芝の増上寺を話題にしたら、
北方が次のように語ったとのこと。

「実は僕はその増上寺が経営している芝学園という学校に、
中学、高校と通っていました。」

芝学園が増上寺の経営による学校とは知らなかった。
私の知っている二人の歌人は、一人は芝学園の先生で、
もう一人は芝学園の卒業生なのだが、そんな話しはしてくれなかった。
まあ、常識の部類かもしれないから、
あえて言う必要はなかったかもしれない。
ところで、坪内の本はさらに続きがあって、
安西水丸は芝学園を受けたが、
合格しなかったということに触れている。
それにしても、坪内祐三のネタ集めは驚異的としか言いようがない。
さて、さきほどの先生と卒業生だが、
先生は奥村晃作さん、
そして、その奥村さんの授業を受けたのが、
大松達知くんだ。
なぜ大松くんが仏教系の高校に進んだのかは知らない。
一度聞いてみたいものだ。
大学はキリスト教系なのだが。


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「佐佐木信綱研究」10号が届いた。
今号の特集は、「信綱の死とその時代」。
佐佐木朋子氏の書かれた「新村出日記「愛老日録」と哀悼歌」を
興味深く読んだ。
新村の悲嘆の深さに驚いた。
「社告」が掲載されていて、
次号からは年1回の刊行とのこと。
それから、11、12号の特集は、
「信綱と交流があった同時代の人々、弟子」とある。
これは嬉しい。
特に女性歌人たちについての、論考を期待したい。

ところで、奥付を見たら、
平成三十年六月三日となっている。
一瞬、我が家には、四ヶ月遅れで届いたのかと、
しばらく遅れた理由を考えてみた。
でも、そんなわけはない。
会員近況欄には、
7月28日に行われた120周年を祝う会についての記述があるから、
明らかに六月三日は誤り。
こういうあら探しをしてしまうのは、
別に坪内祐三の影響を受けたわけではないと、思う。
今坪内の最新刊の『昼夜日記』を読んでいるが、
相変わらずのあら探しぶりには頭が下がる。
でも、六月三日の件は、
たまたま見付けただけ。



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「玉ゆら」に所属する鈴木久美子さんから
『万葉のひびき』(本阿弥書店)という本をいただいた。
歌集ではなく、万葉集の鑑賞本というのが正確かな。
万葉集から60首選んで、
鑑賞文を書いている。
巻末の資料が充実している。
関連略年表、万葉地図、天皇家系図、
参考文献一覧とあって、
特に地図が地域ごとにあって、
万葉旅行をしてみたいという人には打って付け。
万葉集入門としては、好適だと思う。
「玉ゆら」に所属するから、
鈴木さんはもちろん岡野弘彦門下だが、
最近岡野弘彦門下の著作が目立つ。
「玉ゆら」の代表の秋山佐和子さんもそうだし、
沢口芙美さんは『歌人たちの昭和』(柊書房)を出している。
ただ、肝心の岡野さんの著作が出ない。
ぜひ読みたいのは「歌壇」に連載したインタビューである。
小島ゆかりさんがインタビュアーをつとめたが、
実に興味深い内容で、
早く一冊にならないかなと願っていたが、
一向に本にならない。
誰か岡野さんを口説いてください。
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昨日、加藤英彦さんが「路上」に児玉暁さんについて
書いていると書いたが、その書誌を以下に記す。

「路上」97号(2003.12)
「振り切りし死者幾人ぞ――児玉 暁ノート」
「路上」108号(2007.9)
「疾走する意志――「クロール」雑感(Ⅰ)」

この二篇である。
なお、後者については、
続編は「路上」には掲載されなかった。
他誌で掲載された可能性否定できないが、
ぼくは多分書かれなかったと推測している。
「クロール」は18号まで出されている。
16号までは、書庫で確認した。
17号、18号はあるはず。
というのも、16号に購読費のことが書いてあって、
購読費3000円を振り込んだおぼえがある。
というか、振り込んだ後、児玉さんから、
丁寧な連絡をもらった記憶がある。
でも、これも本当は定かではない。
何かメモでもあればいいのだが。
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「合歓」82号が届いた。
今号のインタビューの相手は加藤英彦さん。
このインタビューの中で、インタビューしている久々湊さんが、
山田富士郎氏の歌集『商品とゆめ』の中にある歌を紹介する。
この歌なのだが、ちょっと驚いた。

・ひとたびも会ひしことなき児玉暁おもひて瞬時なみだ流れき

200頁の1首目。前後の歌との関連性はない。
ぼくも児玉さんには一度も会ったことがない。
メールのやりとりはした覚えがある。
個人誌「クロール」を送ってもらっていた。
とにかくのめり込んでいく人だった。
離婚して唐津で拠点を作ろうとしていたようだが、
残念ながら命を絶ってしまった。
「クロール」の最後のころの号は、
何か痛ましさを感じたおぼえがある。
そして、亡くなった。
久々湊さんが児玉さんの話題にしたのは、
加藤さんも児玉さんもそもそもは「氷原」の会員だったからだ。
加藤さんは「路上」に児玉暁論を書いている。
読んだはずだが、
あまり思い出せない。
もう一度読みなおしてみよう。

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