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重版出来

2020/03/18

昨日、小坂井大輔くんから連絡があり、
『平和園に帰ろうよ』の重版が決まったと連絡があった。
近頃、暗い話題ばかりなので、
久々にうれしいニュースだ。
新鋭歌人シリーズで重版になった歌集って、
どれくらいあるのかな。
そんなにはないと思うが。
何はともあれ、めでたい。
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憶測

2020/03/17

世の中には、憶測をいかにも自信ありげに語る人がいる。
憶測を語って、人を不安にさせることについて、
まったく無頓着なのだろう。
憶測ほど無意味なものはないと
最近つくづく思う。
坪内さんが存命だったら、
この数か月さらに怒りは増していただろう。
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『昼夜日記』には、短歌関係の話題はほとんど出てこないが、
こんな記述があってうれしかった。
2015年4月12日の項。
こんなことが書いてある。

小島ゆかりの「老年の門」も面白かった。

これは、『こころ』という平凡社から出されている
雑誌について書いてある箇所にあった。
この雑誌はぼくは一冊しか持っていないので、
小島さんのエッセイは読んでいない。
『こころ』を置いている図書館は少ないので、
読むのはむつかしいかもしれない。
県の図書館にはおいてあるとは思うが、今はちょっと。

ところで、なぜ小島さんが登場したのかを考えてみると、
多分早稲田つながりだと思う。
もちろん小島さんのほうが先輩。
小島さんが4年生の時に、坪内さんは一年生のはずだから。
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坪内祐三さんの『昼夜日記』を読み進めると、
オリンピックによって、東京の風景がどんどん
変化してゆくことに、どうにも我慢できないという
怒りが噴出するページが増えてくる。
追悼文のあちらこちらに、
坪内さんが怒りやすくなったことを書いている方たちがいたが、
坪内さんは、東京という愛する都会の風景が
オリンピックによって壊されてゆくことに、
どうしようもない怒りをため込んでいたのだろう。
風景が変わることを良しとする人もいるが、
坪内さんは、自分の身を引き裂かれるような思いで、
東京オリンピック開催決定後の
東京の街をクルージングしていたのだ。
とても辛いクルージングだったろうと思う。

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「本の雑誌」4月号を読んでいる。
じっくり少しずつ。
もちろん坪内祐三さんの追悼特集を。
1月13日に亡くなられた。
短歌の世界とはほとんど関わりはない方だが、
とにかく古本屋好き、雑誌好きというところで、
ある程度は読んできた。
特に日記物はほとんど読んでいる。
今追悼の意もかねて『昼夜日記』を読んでいる。
川口則弘という方が作った年譜も掲載されていて、
母親の泰子さんが、
井上通泰の孫ということを知り、びっくり。
井上は、明治時代の国文学者であり、歌も詠んだ。
弟は柳田国男である。
森銑三先生が明治の歌人で
最も評価したのは、井上通泰である。
斎藤茂吉などは、
森先生は嫌っていたようだ。
森先生が茂吉を嫌うのは何となくわかる気がする。
話を「本の雑誌」に戻す。
瀬尾佳菜子さんの追悼文を読んで、
少し悲しくなった。
どうも坪内さんは、この時代と折り合いを
つけるのに疲れはてていたようだ。
だから、すぐ癇癪をおこす。
何も「猫目」のママにまで癇癪をおこさなくてもと、
私のような読者が言っても詮無いことだが。
ただやはりもう少し生きてほしかった。

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耐える

2020/03/13

今月の大方の予定が中止になってしまった。
今はもうじっと耐えるしかない。
ただ、逆に充電期間にはいいかなと思っている。
いただいたり、購入した歌集の山が書斎で、
しだいに標高を高くしているので、
標高を減らすにはとてもいい機会だと考えることにした。
とにかくじっと耐えるしかないのだから。
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明日から

2020/03/07

明日から水曜日の夕刻まで県外に出ます。
喧騒を逃れるわけでなく、
数か月前からの予定があって。
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少々訳があって、
今月前半が締め切りの選歌と原稿を
今日すべて送付あるいは送信してしまった。
いつもは、ぎりぎりまで粘るのだが、
とにかく今日すべて終わらせた。
ぼくにとっては、前代未聞のことだろう。
後半には、二つ締め切りがあるが、
まあ、のんびりやろうと思う。
それにして、
ずいぶん沢山書いたなあと
われながら呆れている。
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三井ゆきさんの「東京の雀」15首を読んだ。
こんなふうに年を取っていくことができるなんて
本当にいいなあと思いつつ読んだ。

・好きなやう生きてよき日の晩年のわれは馬上の人となりをり
・踵にて腹を押しつつ速歩なす楽しきかなや馬の背中は
・ゆつくりと老いたる馬の背にゐたり老いたる同士の呼吸を合はせ

乗馬を楽しむ歌である。
乗馬を楽しめるという条件で探した
終の棲家が金沢のマンションとか。
それにしても三井さんは1939年生まれだから、
80歳を超えられたのに、
実に若いなあ。
こんな歌もある。

・東京の雀を振り返り振り返り新幹線の乗り場へいそぐ

そうか「乗り場」なんだ。
「ホーム」なんて言葉は使わない。
「東京の雀」を振り返るのは、
東京駅北口らしい。
東京駅北口は、たまに利用するが、
いつも違和感がある。
東京駅ではないような気がしてくるのだ。
これからいったい自分は何という駅に入ってゆくのかわからなくなる。
あれは、いったい何なのだろう。
そう、北口の歌がある。

・東京駅北口前の分離帯群れて歩くはカモメと雀


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「コスモス」創刊20周年記念号のうち、
第2記念号を見ている。
この号には「第四宇宙花」が掲載されている。
1750名の会員の自選歌集である。
刊行は、1973年3月。
ということで、
当然ぼくの歌はない。
ぼくは、この年の8月に入会。
さて、この記念号を見ていると、
現在の「灯船」の仲間の名はそんなにないことに気づいた。
木畑紀子さんは、千葉にいる。
桑原正紀さんの名はない。
奥村晃作さんは、当然ある。
宮里信輝さんは、兵庫にいる。
奈良橋幸子さんは、東京にいる。「学生」とある。
そうか、ぼくも3月の時点なら学生だ。
米田郁夫さんは、奈良にいる。
吉田史子さんは、岩手にいる。「高校生」とある。
後藤美子さんは、もちろん北海道。
宮西文子という方が、兵庫にいるが、
多分宮西史子さんだろう。
ということで、
70人近い同人のうち、
1973年にコスモスにいたのは、
この8人ということなのだろう。
でも、あと数年で50年間の在籍になるのだから、
この人たちの努力は並みのものではないとつくづく思う。

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