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魚釣り

2020/05/20

昨日、ある方からファクスが届いた。
その用紙の端のほうに、
こんな歌が書かれていた。

・歌詠むは魚釣るに似て楽しけれ釣り落としたる魚のかずかず

実に羨ましい境地だ。
いい歌になると思ったが、結局推敲しているうちに
なんともならなくなった歌がたくさんあるということだろう。
ぼくの場合はそれ以前。
つまり釣り針に魚がかからない。
かからない以上どうしようもない。
しかし、何とかしなくてはならない。
かかったふりをしていても、
なんだかなあという気はするし。
とにかく、まずは一匹をねらうことにしよう。
因みにコスモス短歌会の締め切りは、
22日。
つまり明後日。

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本日、「コスモス」6月号が届く。
武田弘之さんの歌に、そうだ、そのとおりだと
快哉をあげた。

・断捨離の要さらになしなかんづく歌誌、歌集また歌人の書みな

知り合いの歌人から、時に歌集や歌誌を処分したと聞くと
悲しくてならなくなるが、
こういう歌人がいることは、ぼくにとってはとにかく勇気を与えてくれる。
とにかくうれしい。
武田さんもぼくも三河の人間だから、
これは三河の人間の気質かな。


次に森重香代子さんの歌。

・寄贈誌の月刊「図書」はまだ届く宛名の主の世を去り二年

「宛名の主」は直木賞作家古川薫さん。
岩波書店も案外杜撰な名簿管理をしているんだなあと慨嘆。

小島静子さんは、こんな歌を詠んでいる。

・半世紀持つ宝物<おかあさんへ、小3 小じまゆかり>の手紙

50年以上前の手紙を静子さんは持ってるんだ。
確かに宝物、
なんて書いてあったのだろう。

宮内博子さんの歌。

・ああ、つひにこんな日が来た使ひ捨てマスクしづかに押し洗ひする

衝撃的な歌ですね。「使ひ捨てマスク」を洗って大丈夫かなと思う一方、
いわゆる背に腹は代えられないということか、
なぜか納得してしまう。
因みに我が家は、ひたすらドラッグストアを回った。
初めは収穫がなかったが、
最近はありますね。
先日近くのお弁当屋さんに行ったら、
50枚、3000円で売っていた。
一瞬迷ったが、止めた。
宮内さんの歌をもう一首。

・朝の月のぞむ姿勢で泣いてゐる「選抜中止」に高校球児は

うーん、明後日夏の大会について結論が出そうだ。
またしても、多くの球児たちが泣くことになるのか。
何とか対策を立ててできないものかと
元高校教師としては願う。



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「塔」5月号の前田康子さんの
「物足りない」と題する7首を読んで、
これらの歌は天然なのか、それとも意図のある歌なのか
考えてしまった。
まず7首をそのまま挙げる。

・夜勤明けのような眼で現れて現代映画論吐き続けおり
・会わぬ間に好み変わりてしゃきしゃきと冬菜を食べる音が続けり
・母親では物足りないというように仕事の話切り上げて立つ
・冬萌えの林の道へ降りてきてアトリはつつけり傍らの地
・咲ききった梅は蕊から古びたり 朝の雨粒そこに残りて
・ヒヤシンスの香り重たき夜となりエントリーシート子は書き続く
・ウイスキー舐めるようにもゆっくりと新幹線に源氏読む夫

よく歌会で「一首の独立性」云々と言い出して、
時に勝ち誇ったかのような物言いをする人がいる。
そういう人には、この前田さんの歌は、
格好の餌食になるような歌だ。
もちろん歌会の場に出されたとしたらだが。
まず一首目。
誰が「現れて」「吐き続け」ているのか。
この歌だけでは分からない。
ただ前田康子という署名があるから、
映画の仕事に就いている長男が久しぶりに自宅に帰って、
映画の話をしているんだなということは、
前田さんの家の事情に詳しい人間ならわかる。
五首目もわからない人はいるだろう。
この「子」と三首目までの登場人物とは違うのか違わないのか。
例えば、こう考える人もいるだろう。
映画関係のバイトをしている子が
いよいよ就活ということで、エントリーシートを書いているんだなと。
もちろん、前田さんの家の事情に詳しい人間には、
大学生の娘さんがいよいよ就活に入ったんだなと理解する。

つまり、前田さんの歌は、
前田さんファミリーに関心をもたない、というより知らない人には、
一首全体を理解することは難しい詠みかたをしているということになる。
さて、ここが一番大事なことだが、
こういう詠み方に対して、わりに否定的な物言いをする人が多いが、
果たしてどうなのか。
前田さんが想定している読者にとっては、
とても分かりやすい歌なのだから、
これはこれでよいという考え方もある。
ぼくの結論は、後者になる。
読者が限定される詠み方を否定する理由はないと思う。
というより、本来歌というものは、読者を限定するものなのでは。
それを「一首の独立性」という錦の御旗を立てる人がいるから、
やっかいなことになる。
「一首の独立性」云々という人は、
多分歌の読みが不十分な人だくらいに考えてよいのはなかろうか。




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クロニクル

2020/05/15

「塔」5月号の吉田恭大さんの時評
「運用と手順④」は、なかなかの労作だ。
一言でいえば、
新型肺炎短歌クロニクルと言えるのでは。
感染症の拡大で、
世の中が短歌のイベントが塔の歌会が
どうなっていったかを記載している。
今後、こういう記述は、
貴重な記録となることは間違いない。
この後、再開されていくイベントや歌会、
そして、また休会に追い込まれるイベントや歌会、
この繰り返しが数年は続くのではなかろうか。
この繰り返しのクロニクルが、
後の人々にとっては大切な記録になる。
スペイン風邪の蔓延した数年間、
短歌の世界はどうだったのか、
どうもその記録はあまりないようだ。
白秋の歌集を調べても、
その時期はなぜか抜けている。
なぜ抜けているのか調べる必要はあるとは思うが、
そこまでの余裕はない。

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授業開始

2020/05/14

本日より大学の授業を始める。
といっても、大学の教室ではできないので、
オンラインの授業。
もちろん、動画を流すというのも、
小生には無理なので、
ひたすらメールのやり取りをする授業。
原始的オンライン授業というべきか。
学生は30名程度。
講義資料をメールで配布。
課題も指示する。
課題もメールで集約。
まあ、何とかなるかなあとは思う。
でも、学生の顔が全く分からないのは、
不安にはなる。
残りの三分の一くらいは、
対面での授業というのはできないのかなあとは思う。
まあ、非常時だから、
勝手なことは言えないが。
でも、学生は大変みたい。
オンラインだとずっとパソコンの前にいるかスマホを
見ていなくてはならない。
緊張を保つのが大変だと思う。
課題もかなり出るみたいだし。
まあ、それぞれ無理をしないようにやらないと、
こういう授業はもたない。
ゆるくやりましょう。
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気になる歌

2020/05/14

「塔」5月号の真中朋久さんの歌で、気になる歌が二首あった。
一首目はこの歌。

・昭和初年の文章にある「プロ短歌」プロフェッショナル短歌にあらず

こちらは分かる。この「プロ短歌」はプロレタリア短歌のことだと。

では、この歌はどうか。

・夫となるひとと紹介されし青年の「プロ青」たりし日を知るわれは

「プロ青」とは何のことか。
真中さんは、昭和39年生まれ。
ぼくよりかなり若い。
ぼくの解答は「プロレタリア青年同盟」なのだが、
年齢的にはぼくと真中さんは、
かなり違うので、果たしてこれが合っているのかどうか。
どうも違うような気がする。



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「塔」5月号が届く。
恒例の豊穣祭。知っている人が何人かいて、
しばらく会えない人たちのポートレートに見入る。
吉田敦美さんも20年なのだ。
因みにぼくは、
2023年には、50年になる。
いやはや。

ところで、吉川さんの「青蝉通信」に
堀内通孝の『北明』が取り上げられている。
アララギの歌人だ。
アララギの歌人にしては、爽やかな感じのする歌いぶりだ。
第一歌集『丘陵』は、筑摩の『現代短歌全集』の第9巻に収められている。
解説は、近藤芳美。
残念ながらこの文章には、一か所誤りがある。
この誤りはわりに多い。
確か去年の「まひる野」でも見つけた。
三省堂の『現代短歌大事典』の記載について
吉川さんは触れているが、
『現代短歌大辞典』となっている。
多分校正の時に見逃したんでしょうね。
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そういえば、さきほど話題にした豊島秀範さんから、
「常磐沿線歌人」の第64号が届いた。
常磐沿線歌話会の機関誌ということになろうか。
厳密に言えば、常磐線沿線歌人という気もするが、
何にしても短歌の会の名称に「沿線」が付いているのは、
この会だけではなかろうか。
年に数回出していて、
30年近く続いているようだ。
豊島さんがこの雑誌の編集局長と最後のページに書かれている。
因みに会長は久々湊盈子さん。
豊島さんは、副会長を兼任している。
12ページの小冊子ではあるが、
作品は言うに及ばず、
エッセイ、歌集評、歌会詠草等、
内容はかなり充実している。
さて、最後にこんなことを書いては興ざめなのだが、
ぼくは、この常磐線沿線の具体的イメージが全く分からないのだ。
というのは、まず常磐線に乗ったことがない。
そして、さらになんともならないのは、
千葉県で行ったことのあるのは、市川市と松戸市だけ。
そうそう浦安市も。
当然茨城県に足を踏み入れたことは、
この年になるまで一度もない。
これでは、常磐線沿線などと言っても、
全くイメージが湧かないのは当然だろう。
ぼくにとっては、
茨城県は北海道より遠いところのような気がする。
川本三郎さんのエッセイを読むと、
なかなか良いところもあって、
出かけたいという気持ちもあるのだが、
どうも総武線や常磐線に乗るということが
うまくイメージできないのだ。
まあ、とにかく一度は行ってみなくてはと思っている。
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中峠

2020/05/08

最近、川本三郎さんの本を読みつづけている。
一言でいえば、ひとり旅を綴った文章に癒されるのだ。
今読んでいるのは、
2004年に出された『我もまた渚を枕』(晶文社)。
副題が「東京近郊ひとり旅」。
今朝五番目の町「我孫子」のところを
読んでいて、「中峠」の読み方が間違っていたことを知った。
コスモスの仲間に豊島秀範さんという方がいるのだが、
その住所が「我孫子市中峠・・・」。
ぼくはずっと「なかとうげ」と読んでいた。
ところが、この「我孫子」のところを読んでいたら、
我孫子の町には、「変わった読み方をする町が多い」と書いてある。
その例として、「都部」は「いちぶ」、
「日秀」は「ひびり」、
そして「中峠台」は「なかびょうだい」。
ということは豊島さんのところは「なかびょう」なんだ。
それにしても不思議な読み方をする。
アイヌ語と関わりがあるようだ。
つまり、ある時代まではアイヌがこのあたりにも進出していた名残なのだろう。
ところで、わが刈谷の町の周辺の市の名前で、
意外に読めない名前がある。
西隣の「大府」は、「だいぶ」でも「だいふ」でもない。
「おおぶ」と読む。
東隣の「知立」は「ちだち」でも「ちたち」でもない。
まして「しりたち」でもない。
「ちりゅう」と読む。
地名は難しい。
大震災後、よくわが町の名前が話題になった。
何と「高津波町」。

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端午の節句

2020/05/05

今日はこどもの日という祝日だが、
やはり端午の節句というほうがなじみがある。
というのも、菖蒲湯はこの日につきものだが、
「こどもの日」だからでは、
なぜ菖蒲湯につかるのかはわからない。
それから、今はあまり見ないが、
昔鯉のぼりのほかに鍾馗さまを描いた幟を立てていた。
なぜ鍾馗さまの幟を立てるのか、
もう多くの人は分からないと思う。
要するに端午の節句は、
はやり病への警戒を怠るなという
注意喚起の節句だったのではないかと思う。
菖蒲湯はもちろん健康維持のため。
鍾馗は、病魔を追い払う神なのである。
はやり病に対しては、人はなす術がない。
ただ注意喚起するしかない。
ひとたび起これば、家にこもって、
病魔が退散するのを待つしかない。
病と人がいかに対峙してきたかを考えてみると、
結局これくらいのことしかできなかったのである。
因みに江戸時代においては、
鍾馗さまは、特に天然痘封じに利用されたようである。
今日、菖蒲湯につかりながら、
そうだ、日本人はこんなふうにして、
病と向き合ってきたんだなあとつくづく思った。
あまりに無力だから、祈るしかないのである。
感染症に対して人は無力であるのに、
何かもう医学の進歩で何とかなると
世界中の人々が思いこんでいたが、
それが過信であったことに気づかされたのが、
今現在の私たちである。
やはり、昔の日本人と同じように、
ただ過ぎ去るのを待つしかないのか。
それとも医学の叡智の結集によって、
私たちは勝利するのか。
いや、せめて和解はできないか。


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