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昨日は、安城市の市民会館で
第32回市民文芸まつり発表大会が開催された。
ぼくは短歌の選者の一人として出席。
例年と違うのは、小中学生の出席がないだけで、
それ以外はすべて例年どおりのスケジュールで開催された。
文化協会のスタッフと市役所の担当者の熱意によって
開催されたのだ。
中止する市や町もある中で、
ぼくが関わった郡上市と安城市の大会が
無事開催されたことを本当にうれしく思っている。
止めるのは簡単だが、
止めたことによって生じるブランクを取り戻すのは
そんなに簡単なものではない。
そのことは、来年以降取りやめた市や町の担当者は
痛感することになると思う。

行きも帰りも音短歌会の河田さんと一緒だったが、
貴重な話を聞くことができて、
こちらもうれしかった。
河田さんは、今年からの選者だが、
来年以降も続けていただけるので、
お願いした甲斐があったと喜んでいる。


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藤島秀憲さんの短歌日記『オナカシロコ』を読み終える。
これまでの短歌日記シリーズの中で、
最も字数の多い短歌日記だ。
しかも、日記の部分がやたらに面白いから、
肝心の短歌のほうをついつい読み流してしまう。
短歌ももちろんいいのだが、
それ以上に文章は面白く味がある。
因みに日記に一番多く登場するのが、
「オナカシロコ」という野良猫。
命名は、もちろん藤島さん。
引用したい部分はいくらでもあるのだが、
切りがないので、とりあえず、
12月6日の日記を引用する。

「漱石全集は売ったが、筑摩書房の『現代短歌全集』だけは
売れなかった。これを売ってしまったら歌人を辞めてしまうよ
うな気がした。この先、どんなに部屋が狭くなろうが、どんな
に生活が苦しくなろうが絶対に売るまいと、ケースを捨てた。
ケースのない本は値がつかないからだ。」

ぼくも家を建て替えたときに、
全集をかなり処分した。
ここに書けないほどだ。
三島由紀夫全集などは、書庫の片づけにきてくれた学生にあげてしまった。
その学生は全巻リュックやカバンに入れて運んでいった。
よくもあんなに重いものを運んだものだと感心している。
もちろん『現代短歌全集』は持っている。
16巻、17巻も持っている。
古本屋サイトを見ても、15巻揃いは、
一万五千円くらいで手に入るが、
16巻、17巻は、そもそも出品されていない。
『白秋全集』も『漱石全集』も売らなかった。
さらに『ロマン・ロラン全集』も持っている。
しかし、果たしてこれらの全集を読むときは来るのだろうか。
でも『現代短歌全集』は本当に役立つ。
この前もある雑誌に掲載された文章の長塚節の引用歌が
どうも怪しかったので、
『現代短歌全集』を当たったら、
案の定、引用ミスだった。

さて、藤島さんの本に戻るが、
藤島さんが今短歌の世界で活躍できているのは、
大野道夫さんのおかげだということをこの日記で知った。
大野さんの消息については、
つまびらかにはしないが、
大野さんが、藤島さんにとって大切な歌人であったことは間違いない。



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「路上」148号がしばらく前に届いた。
150号で終刊という宣言を佐藤さんがしているので、
残念でならない。
佐藤さんが翻意されないかなと思って、
巻末の「ゆきしろ庵雑報」を読むが、
やはり150号で終刊と念を押している。
でも、新美南吉論も宮柊二論も
あと2号で終わるとは思えない。
どんな形でこの二つの評論をまとめてゆくかは
ぼくの関心事ではある。

ところで、この号の「往還集」に
岡井さんが登場する。
ぼくにとっては少し驚きの場面が書かれている。
その箇所を引用させていただく。

「20代の私は短歌における<思想詩>をめざしましたが、
最も信頼できたのは岡井隆です。自宅を訪問し、話を
聞いたときの記憶も鮮明です。当時彼は内科の勤務医
で、小金井に住んでいました。「東小金井」で下車し、
畑道を行くと踏切があります。浴衣姿の彼はそこに迎え
に出てくれていました。書斎に案内されると、書棚には
レーニン全集全巻が。そこに三歳ぐらいの女の子が出て
きました。「〇〇ちゃん、あっちに行ってなさい」というパパ。
九州逃避行は、その後しばらくしてから勃発。「あの女の
子も捨てられたのか」、これが私の一番の心痛でした。今
でも女の子の顔が、浮かんできます。(7月25日)
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小田部雄次さんの書かれた
『百年前のパンデミックと皇室』(敬文舎)を読み終えた。
題名が長い本だが、
さらに「梨本宮伊都子妃の見たスペイン風邪」という副題が付いている。
帯には、こう書いてある。
「百年前の宮中周辺は、スペイン風邪にどう対応したのか?また当時の庶民たちは、どう受け止めのか?」
要するにこういうことが、梨本宮伊都子妃の日記を
手掛かりに丁寧に書かれているのである。
そもそも、百年前ではウイルスというものが
見つかっていないのだから、
治療といってもなんともしようがない。
皇室の人々に医師たちは懸命に対応するが、
暗中模索としかいいようがない。
結局、今と一緒でマスクして籠るしか手立てはないのだ。
この本によると、スペイン風邪による日本人の死者は48万人を超えたという。
薬剤も今日使用されているものは、その当時はないわけだから、
罹っても治療は栄養補給的にことしかできなかったのだろう。
小田部さんは、「おわりに」で、
今日の皇室がコロナ禍の今、
どう国民と向き合おうとするのかを注視する旨のことを書いている。
今のところ皇室はほとんどオンラインの対応しかしていない。
果たして今後どうなるのだろうか。


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「週刊新潮」11月26日初霜月増大号を購入。
というのも、11月13日に結婚に向けての
眞子さまのお気持ちが発表されたが、
それについての識者のコメントの中に
静岡福祉大学の名誉教授小田部雄次さんのコメントもあると聞き、購入。
小田部さんのコメントの題が凄い。
「無職男に嫁ぐ生活設計を知りたい」。
もちろんこの題は編集者がつけたもの。
小田部さん本人も驚いていたとか。
うーん、確かに小室さんは当面無職であることは間違いない。
結婚生活を維持するための経済的基盤が無いのに、
結婚生活を始めようというのは、無謀である。
まさか私たちの税金から出される国費をあてにしているという
のなら、きちんと説明してほしいというのが、
小田部さんの意見でごく真っ当な意見だ。

ところで、この号の特別読み物の「深沢七郎と私」が
無茶苦茶面白かった。
深沢の性癖に関わることなので、ここでは書けないが、
体験したものにしか書けない、実に興味深い内容が
これでもかというくらい書いてあって、
ずいぶん得をした感じ。
小田部さんに感謝しなくてはいけない。
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書棚を見ていたら、
なぜか「アララギ」の昭和26年5月号が出てきた。
かつてかなり集めた「アララギ」のバックナンバーは
ほとんど古今伝授の里に寄付したので、
なぜこの号が残っているのかは分からない。
其一欄に岡井弘の歌が4首掲載されている。
もちろん、岡井さんの父だ。
その中から3首紹介する。

・わが歎告げなむ妻も病みたれば一日だに人に会はぬ日がほし
・悲しくては胸痛む夜半一二頁の看護記書けば和ぐかな
・睡眠薬にうつうつとゐる妻が猶もさだかに吾をいなみぬ

岡井弘の妻は、岡井華子である。
土屋文明の指導を受けていた。
病の床にあるから、当然この号には作品がなかった。
今さら調べることも不可能だが、
岡井弘、岡井華子、岡井隆の三人の歌が
「アララギ」の同じ号に載ったこともあったのではと思う。

なお、この号には、
高安国世が時評を、
近藤芳美が作品評を、
そして、杉浦民平が「中島栄一の歌」を書いている。
実に豪華なラインアップだ。

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昨日話題にした清水丈夫は、
調べてみると中核派の最高幹部で、
長く潜伏していたようです。
ところが、9月6日の政治集会に突然あらわれて話題になったのです。
小池さんは、そのニュースをネタに詠んだわけです。
しかし、清水丈夫と言われても、
多くの人は反応しないのに、
小池さんは反応したわけだから、
いくばくかは、政治闘争に関心があったのでしょう。
ぼくの大学時代の友人の中には、
中核派に関わった者が何人かいますが、
清水丈夫なんて名前は
彼らから聞いたことはありませんでした。
というより、そのころには彼はもう潜伏していたのでしょう。
大学には、革マル派の連中もいましたが、
革マル派は苦手でした。
とにかく理屈っぽい。
中核派の連中のほうが隙があるというか、
何かしら人間味のあったような気がします。
そして、論理性に乏しかった。
情念で動いているという感じがした。


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「歌壇」12月号の小池光さんの「天道虫」20首にこんな歌がある。

・ひたひたと時は過ぐるかテレサ・テン没後二十五年ときけばおどろく

確かに驚きだ。
テレサ・テンが亡くなってもう四半世紀なのだ。
タイ滞在中に亡くなり、暗殺説も流されたが、
実際は喘息の発作によるようだ。
1953年生まれだから、
ぼくより三歳若い。

こんな歌もある。

・五十一年ぶりにすがたあらはせる革共同清水丈夫八十三歳

「革共同」と詠まれても、もう大方の人は
何のことか分からないだろう。
「革命的共産主義者同盟」の略である。
新左翼の中心的組織だったが、
分裂を繰り返して、いくつかの派に分かれてていった。
さて、清水は何派だったのだろう。


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「青磁社通信」31号の巻頭のエッセイを大辻隆弘さんが書いている。
「謦咳」という題で、岡井隆さんの思い出を書いている。
今から31年前の岡井さん、
今から15年前の岡井さんの姿が描かれている。
最後の段落で、大辻さんは次のように書いている。
これがこのエッセイで大辻さんが一番書きたかったことだろう。

「私は岡井さんの私生活を直接に知ることはなかった。
が、岡井さんの謦咳に接することによって、私は、人間の
本質的な寂しさに触れることができた。」

なお、この号で、ぼくは、
三井修さんのエッセイ集の評を書いている。
岡部文夫について書いている文章が特によかった。
こういう一見地味に見える歌人については、
近頃の歌人たちは触れることはあまりないが、
こういう歌人の歌にこそ、
現代短歌に無い、短歌の凄みというものがあると思うのだが、
首肯してくれる人が少ないのはいかにも寂しい。
この書評で最後に、
初出がないことに苦言を呈した。というのも、
散文をまとめる場合には、初出を載せることは必須だと考えているが、
なぜかこの本にはほとんどないので、書かざるをえなかった。
三井さんには三井さんの存念はあったろうが、
この点は、私は譲れない。

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「八雁」54号の阿木津英さんの連載「続 欅の木の下で」の
書き出しはこうだ。

「歌が、いちじるしく過去をうしなってきている。三十年来
そんな傾向は続いているのだが、この二、三年ほどは
肌身にしみてそう感じる。作歌する人たちが、過去に自分を
接続しようとする志向を持っていない。」

同感だ。
特に最後の「過去に自分を接続しようとする志向を持っていない。」
は、日々私も感じていることだ。

数年前、「まひる野」の加藤孝男さんに誘われて、
『近代短歌十五講』というテキスト作りに携わったのも、
若い歌人たちが近代短歌に関心をを持っていないことに
危機感を感じたからである。
このテキストは近代の歌人の代表的な歌集の中から、
二十首を抽出し、さらに歌人一人一人の年譜を付したものである。
近代短歌入門の好適書と言える。
だから、茂吉なら『赤光』、白秋なら『桐の花』から
それぞれ二十首が抽出してある。
ただこのテキストには、十五人の中に、
橘曙覧と明石海人を入れているという
類書にはない特徴がある。
もちろん加藤さんの発案なのだが、
出してみると、この二人を入れたことに、
好意的な反応があって、
結果的にはよかったと思っている。


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