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歌集評

2022/10/29

角川「短歌」11月号に、『聴雨』の歌集評が掲載されている。
執筆者は、竹内由枝さん。「りとむ」に所属する方、面識はない。
丁寧に読んでいただいていることが実感できる評で、
ただただありがたかった。
「短歌研究」11月号では、小塩卓哉さんが書いてくれたのだが、
何と未見。
購読していないので、近隣の書店を探し回ったが、
置いてなかった。
何とか手に入れたい。
なお、一番早い評は、
「現代短歌新聞」8月号に掲載されている。
執筆者は、中部短歌に所属する古谷智子さん。
「第三の視点」という題で、ぼくの歌集に光をあてていただいた。
コスモス内の同人誌「灯船」では、
三浦陽子さんが書いてくださった。
題して「「今に」身をゆだねて」。
一首一首、丁寧に読んでくださっている。
こちらもありがたい歌集評である。
「コスモス」12月号の歌集評特集でも、とりあげられる。
執筆者は、実に意外な人物で、
「コスモス」を開いた人はきっとびっくりするだろう。
多分「えっ」という驚きの声がまず発せられるだろう。
ということで、今から楽しみ、
愛知支部の支部誌「コスモス愛知」では、
当支部の井上啓子さんと、
三重県支部の達知和子さんに書いていただいた。
それぞれぼくの歌集の歌に即した良い評がされていて、
やはりありがたかった。
三冊の歌集の中では、
この歌集に対する評は、
作者の思いを汲んでいただいた評が一番多く
少しはぼくの歌も読者の心に響くようになったのかなと思っている。
もちろん、それで満足していてはいけないことも十分承知である。
繰り返すが、
「コスモス」12月号の歌集評が楽しみでならない。


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昨日の続き

2022/10/26

昨日紹介した河野裕子さんの歌は、
第一歌集『森のやうに獣のやうに』に掲載されている。
若干手直しされているので、紹介する。

・昼がほを耳たぶごとくそよがせてま白き坂を下り来しなり

それにしても迂闊なことだった。
この河野さんの第一歌集は、旧青磁社から出版されている。
永田淳さんが出版社を始めるときに、
この名前が提案されたのも、ごく当たり前のことだったのだ。
河野さんにとっては、自分の第一歌集を出してくれた出版社の名前を
復活させたかったのだ。
多分このことは、淳さんが書いているとは思うが、
迂闊なぼくは、昨日ようやく知った次第。
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「コスモス」1970年1月号の
「十人十首」欄に、河野裕子さんの歌が取り上げられている。
1969年11月号に掲載されたこの歌。

・昼がほを耳たぶのごとくそよがせてま白き坂を駈けて来しなり

指名評者は杜沢光一郎さん。
抽出者は束耕二という人。この名前に記憶はない。
河野さんの自解は以下のとおり。

「坂を素材とするときは、いつも軽いとき
めきを感じます。陽のあたっている坂は、なん
だか遠いみたいで、むこうに何があるか判ら
ないから憧れの対象になるのでしょう。一見、
童話風な作品ですが、一種生なましいような
ものが出ていたら成功だと思います。」

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昨日の「中日新聞」の夕刊の「中部の文芸」欄で、
前にも紹介した小林峯夫さんの遺歌集『途上』が取り上げられている。
執筆者は松平盟子さん。
次の四首を紹介している。

・うつくしき妃へのいじめの話より始まる『源氏』五十四帖
・この人もこの人ももう世にいない集合写真はこれだから嫌
・きさらぎの朝の窓に澄わたる末期の目にも水色の空
・鼻腔より管挿し込まれつるさるる排液バッグと肩を並べて

そして、このように書いている。

「律儀な日記そのままの実感を重視した作風は、所属した
「まひる野」の本流でもあるだろう。外連味の歌の佇まいが
人柄を物語る。」

いい文章だ。紹介された歌もぼくも好きな歌だ。
遺歌集は時として、儀礼的に処理されるが、
小林さんのこの歌集は、そういう儀礼的な処理を拒むだけの
質を保持した優れた歌集であることは間違いない。
松平さんの文章にもそれを強く感じた。
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同じ

2022/10/24

角川「短歌」11月号の永田和宏さんの歌にこんな歌がある。

・ワクチン四回、感染一度 最強の永田和宏マスクをはづす

同じだ。ぼくもワクチンを四回接種し、感染も八月に一度。
四回打っても、感染する人はするんだ。
こんな歌もある。

・積み上ぐるほかなくなりし廊下なり本の増殖速度とふを思ふ

廊下に積み上げ始めたら、やばい。
栗木京子さんの新歌集には、
廊下に積み始めた結果が何をもたらしたかを詠んだ歌がある。

・積み上げし本につまづき転びたり家の廊下といふ獣みち

そう、積み上げ始めたら、結果、廊下は「獣みち」になるしかない。
永田邸の廊下も、早晩「獣みち」になるだろう。
ところで、「つまづく」ということでこんな歌を思い出した。
小塩卓哉さんの新歌集にある。

・まだ慣れぬ段差のようなものありや職場変わりて三度つまずく

昨年の四月から教授として赴任している大学でのこと。
大学というところは、傾斜地に建てられるケースが多い。
この大学もそうで、階段が多い。
慣れないキャンパスでのこと。
でも、深読みもできる。


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「まひる野」10月号で島田修三さんがこんな歌を読んでいる。

・こざつぱりと小林峯夫の晩年は過ぎにき郡上のせせらぎのやうだ

思いの籠ったとてもいい歌だ。
こういう挽歌はいいなあとつくづくと思った。

こんな歌もある。

・ゴキブリホイホイ周到に仕掛けしが俺が掛かりき あ、ヤダ、この粘り

この結句は誰にもまねのできない、
島田節の真骨頂と言えるだろう。
因みに小宅でも、このゴキブリホイホイを仕掛けたが、
一匹もかからなかったので、先日全部捨ててしまった。
掛かるコツがあるのだろうか。
さすがに島田氏のようにかかることはなかったが。

井野佐登さんはこんな歌を詠んでいる。

・老舗千賀の子芋のふくめ煮百円なり平和な日本の雨の日に買ふ

井野さんは蒲郡在住の歌人。
蒲郡にはよく行くが、この店は残念ながら知らない。
蒲郡には「千賀」という名字が多い。
因みにソフトバンクの千賀投手も蒲郡の生まれ。
日曜日にお会いした時、
まもなく外科の手術のために入院するんだと言って、
ノンアルコールビールを飲んでいた。
いつもあっけらかんとしていて、
そのくせ、時に鋭いをことを言う。
そういう点では、油断ならない人が、
でも、いい人だ。
それはこの歌も証明している。



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小林久美子さんの第四歌集『小さな径の画』を読んでいる。
前歌集と同じく行わけの歌集。
まずこんな歌。

野川には
野道が沿って
人里を遁げるみたいになって
続いた

懐かしい私の野道が浮かんでくる。
ただ「続いた」の「た」が気になった。
理由はいまのところ分からない。
この歌もいい。

信服を湛えた笑みが浮かぶ午後
ふかく差し交した
枝と枝

恥ずかしい話だが、
初めて「信服」という語に遭った。
最後の「枝と枝」がとてもいい。

椅子 机
洋灯 寝台 襯衣 敷布
待針 鋏 木槌 蜜蝋

「洋灯」は「ランプ」と読む。
「襯衣」は「シャツ」と読む。
塚本邦雄の歌にこのような漢字を並べた歌の先蹤があるが、
この歌の場合は、塚本のような企みの歌ではなくて、
遺品を並べた歌なのである。
あと二首、同じように名詞が並んだ歌がある。
並べられた遺品たちが訴えているのだろうか。
持ち主の不在を。

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一万歩

2022/10/01

町内の仕事で、朝からあちこち歩きまわっていたら、
何と久しぶりに一万歩を越していた。
今週後半から忙しくなり、
木曜日からは、中京大学の講義が始まった。
昨日の金曜日からは、
みよし市の秋冬講座の「短歌入門」が始まった。
9月の中旬から腰痛で苦戦していたが、
忙しくなってきたら、痛みが治まってきた。
ということは、腰痛の主因は、
運動不足だったようだ。
ほっとしている。
というのも、これから、さらにいろいろイベントがあり、
出かける日が多くなるからだ。
まずは明日の蒲郡。
久しぶりに会える人もいるし、
一度会いたいと思っていた人にも会えるので、
楽しみだ。

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