「波」2月号
2023/01/31
「波」2月号の三宅香帆という人の連載「物語のふちでおしゃべり」を
見ていたら、短歌ブームについて書いている。
ということで、読んでみた。
なぜ短歌ブームという現象が起きてきたかについて、
かなり丁寧に書いている。
説得力のある文章だと思うので、紹介する。
歌人のみなさん、これから紹介する文章について、
納得しますか、それとも承服できませんか。
歌人は「短歌結社」(歌人たちのサークル)に所属し、その中で切磋琢磨
しながら、短歌をつくることが多く、それゆえ短歌界は歌人同士で批評し
合う文化が盛んであった。
うーん確かに、俵さんや穂村さんが登場する前は
これが短歌の世界でしたね。
しかしSNSの登場により、あるひとりの歌人がつくった短歌が「バズ
る」、つまり短歌をつくっていない人々の間で広まることが増えた。その
ため昨今は受賞という短歌界のお墨付きがなくとも、一般の読者にとって
印象に残る歌があれば、歌集を刊行することができている。
この箇所は疑問。最後のところは、正しくは、
「歌集を刊行することができるようになった。」くらいかな。
もう一段落紹介する。
おそらく短歌結社や賞の仕組みは歌人同士がお互いの短歌を認知しやす
い状況を作り出すための装置だった。SNSの登場によって、仲間内でなく
とも、他人の短歌を知ることが容易になったのだ。短歌界が大きく開かれ
た、といっても過言ではないのてはないか。
若い人たちについては、この指摘が通用しますね。
特に、40代までの若手歌人は
こんな感じになってきましたね。
しかし、この流れが進めば、当然結社は必要がなくなるということに
なるのかどうか。
あと10年くらいすると、おおよその方向は見えてくるだろう。
見ていたら、短歌ブームについて書いている。
ということで、読んでみた。
なぜ短歌ブームという現象が起きてきたかについて、
かなり丁寧に書いている。
説得力のある文章だと思うので、紹介する。
歌人のみなさん、これから紹介する文章について、
納得しますか、それとも承服できませんか。
歌人は「短歌結社」(歌人たちのサークル)に所属し、その中で切磋琢磨
しながら、短歌をつくることが多く、それゆえ短歌界は歌人同士で批評し
合う文化が盛んであった。
うーん確かに、俵さんや穂村さんが登場する前は
これが短歌の世界でしたね。
しかしSNSの登場により、あるひとりの歌人がつくった短歌が「バズ
る」、つまり短歌をつくっていない人々の間で広まることが増えた。その
ため昨今は受賞という短歌界のお墨付きがなくとも、一般の読者にとって
印象に残る歌があれば、歌集を刊行することができている。
この箇所は疑問。最後のところは、正しくは、
「歌集を刊行することができるようになった。」くらいかな。
もう一段落紹介する。
おそらく短歌結社や賞の仕組みは歌人同士がお互いの短歌を認知しやす
い状況を作り出すための装置だった。SNSの登場によって、仲間内でなく
とも、他人の短歌を知ることが容易になったのだ。短歌界が大きく開かれ
た、といっても過言ではないのてはないか。
若い人たちについては、この指摘が通用しますね。
特に、40代までの若手歌人は
こんな感じになってきましたね。
しかし、この流れが進めば、当然結社は必要がなくなるということに
なるのかどうか。
あと10年くらいすると、おおよその方向は見えてくるだろう。
また「短歌」2月号
2023/01/30
「短歌」2月号の王紅花さんの歌壇時評のタイトルが
「小中さん健脚だった?」という不思議なタイトルなので、
ひょつとしたらと思い、読んでみると、
やはり小中英之さんが登場してくる。
昭和60年の4月に
王さんとご主人の松平修文さん、そして小中さんの三人で
名栗の山に蕨狩りに出かけた折のエピソードが書かれているのだ。
その一部を書き出してみる。
五日市。で小中英之を思い出したので逸話を披露する。
昭和六十年四月、われら夫婦と彼は、名栗の山へ蕨狩り
に出かけた。朝早く起きてつくった稲荷寿司をリュックに
負う修文。水筒をささげる私。病身と聞く小中はずんずん
先を行き、逸早く蕨を見つけ声をあげた。日向の斜面で
弁当をひろげる三つの幻が今も目に浮かぶ。その晩彼は
我家に泊まり、翌晩も泊まった。
ここを読んでなぜ「健脚」なのか分かった。
在りし日の小中さんの姿が生き生きと描かれていて、
とてもいい文章を読ませていただいたという気がした。
もちろん、この箇所は、時評とは性格は異にするのだが、
ぼくには、こちらのほうが貴重だ。
ついでに言えば、王さんの時評はかなり辛口で手厳しい。
最近これだけ手厳しい時評を読んだことがない。
手厳しいが、真っ当なことを書いていると思う。
微温的な批評がはびこることへの警鐘ではないかとも思った。
「小中さん健脚だった?」という不思議なタイトルなので、
ひょつとしたらと思い、読んでみると、
やはり小中英之さんが登場してくる。
昭和60年の4月に
王さんとご主人の松平修文さん、そして小中さんの三人で
名栗の山に蕨狩りに出かけた折のエピソードが書かれているのだ。
その一部を書き出してみる。
五日市。で小中英之を思い出したので逸話を披露する。
昭和六十年四月、われら夫婦と彼は、名栗の山へ蕨狩り
に出かけた。朝早く起きてつくった稲荷寿司をリュックに
負う修文。水筒をささげる私。病身と聞く小中はずんずん
先を行き、逸早く蕨を見つけ声をあげた。日向の斜面で
弁当をひろげる三つの幻が今も目に浮かぶ。その晩彼は
我家に泊まり、翌晩も泊まった。
ここを読んでなぜ「健脚」なのか分かった。
在りし日の小中さんの姿が生き生きと描かれていて、
とてもいい文章を読ませていただいたという気がした。
もちろん、この箇所は、時評とは性格は異にするのだが、
ぼくには、こちらのほうが貴重だ。
ついでに言えば、王さんの時評はかなり辛口で手厳しい。
最近これだけ手厳しい時評を読んだことがない。
手厳しいが、真っ当なことを書いていると思う。
微温的な批評がはびこることへの警鐘ではないかとも思った。
朝ドラネタ
2023/01/27
朝ドラ「舞い上がれ!」の主人公舞ちゃんの幼馴染、貴司くんに
長山短歌賞受賞の電話が入る場面が今日放映された。
「長山短歌賞」は、もちろん角川短歌賞をもじったものだろう。
50首応募すると貴司くんが、
舞ちゃんに話していたから、
当然角川短歌賞を思い浮かべる。
そして、角川の「川」を「山」にした。
ならば、「角」は「丸」でいいではないかと思うが、
「丸」でまずい事情があったのだろう。
ということで、「丸」ではなく「長」が採用されて、
「長山短歌賞」が出来上がったというのがぼくの推測。
それで、この前から考えているのだが、
だれがこのドラマの短歌ネタについて監修しているのだろうかということ。
関西の歌人で角川短歌賞を受賞している人だろうとは思う。
そうはいっても、角川短歌賞受賞者で
関西在住の歌人はたくさんいるから、
見当がつかない。
朝ドラが終わったころには、
監修者が誰かわかるかもしれない。
来週からは、
短歌編集者、歌人を目指す女性も登場してくるようだから、
ますます短歌ネタ満載の朝ドラになりそうだ。
朝ドラでこんなに短歌ネタが多いのは初めてだろうし、
そもそもドラマでこんなに短歌ネタが多いのも珍しいのでは。
ところで、
歌人のみなさんは、
果たしてこの朝ドラを見ているのだろうか。
長山短歌賞受賞の電話が入る場面が今日放映された。
「長山短歌賞」は、もちろん角川短歌賞をもじったものだろう。
50首応募すると貴司くんが、
舞ちゃんに話していたから、
当然角川短歌賞を思い浮かべる。
そして、角川の「川」を「山」にした。
ならば、「角」は「丸」でいいではないかと思うが、
「丸」でまずい事情があったのだろう。
ということで、「丸」ではなく「長」が採用されて、
「長山短歌賞」が出来上がったというのがぼくの推測。
それで、この前から考えているのだが、
だれがこのドラマの短歌ネタについて監修しているのだろうかということ。
関西の歌人で角川短歌賞を受賞している人だろうとは思う。
そうはいっても、角川短歌賞受賞者で
関西在住の歌人はたくさんいるから、
見当がつかない。
朝ドラが終わったころには、
監修者が誰かわかるかもしれない。
来週からは、
短歌編集者、歌人を目指す女性も登場してくるようだから、
ますます短歌ネタ満載の朝ドラになりそうだ。
朝ドラでこんなに短歌ネタが多いのは初めてだろうし、
そもそもドラマでこんなに短歌ネタが多いのも珍しいのでは。
ところで、
歌人のみなさんは、
果たしてこの朝ドラを見ているのだろうか。
「短歌」2月号
2023/01/25
「短歌」2月号に、
「森銑三と「ももんが」」と題する12首を掲載していただいた。
12首目はこんな歌。
・「ももんが」の創刊号を手に入れてあな嬉しもよ師走朔日
「ももんが」は、森銑三先生が寄稿されていたので、
購読していた時期がある。
しかし、書庫が手狭になったために、
ほとんど手放してしまった。
もちろん、追悼特集とか周年特集の号だけは、保管している。
創刊号については、一度見たいものだなあとは思っていた。
たまたま「日本の古本屋」で、検索したところ、
何と創刊号が売られていたので、すぐ注文し、
手に入れたことが、
今回の12首を詠むきっかけとなった。
創刊号は、昭和32年1月12日発行と奥付にある。
発行者は田中隆尚。
アララギの歌人ではないが、
斎藤茂吉に可愛がられた。
その交友が書かれているのが、『茂吉随問』。
「茂吉随聞」の第一回が、「ももんが」創刊号に掲載されている。
「ももんが」は、森銑三先生が会員となるころには、
かなり大所帯になっていた。
刈谷高校の大先輩外山滋比古氏も会員である。
会員の顔ぶれを見てみると、
東大出身の大学の先生が多い気がする。
ただその内容は、研究より肩の凝らないエッセイのほうが多い。
その辺が「ももんが」の良いところなのだろう。
田中氏が亡くなった後は、
片桐幸雄氏が引き継ぎ、
その後を引き継いだ方が終刊とされたのではなかったか。
「ももんが」を全号手に入れれば、
相当な研究ができると思うが、
もちろん、そんな時間はない。
ぼくができるのは、
せいぜい創刊号を手に入れて、
しげしげと眺めることくらいだ。
「森銑三と「ももんが」」と題する12首を掲載していただいた。
12首目はこんな歌。
・「ももんが」の創刊号を手に入れてあな嬉しもよ師走朔日
「ももんが」は、森銑三先生が寄稿されていたので、
購読していた時期がある。
しかし、書庫が手狭になったために、
ほとんど手放してしまった。
もちろん、追悼特集とか周年特集の号だけは、保管している。
創刊号については、一度見たいものだなあとは思っていた。
たまたま「日本の古本屋」で、検索したところ、
何と創刊号が売られていたので、すぐ注文し、
手に入れたことが、
今回の12首を詠むきっかけとなった。
創刊号は、昭和32年1月12日発行と奥付にある。
発行者は田中隆尚。
アララギの歌人ではないが、
斎藤茂吉に可愛がられた。
その交友が書かれているのが、『茂吉随問』。
「茂吉随聞」の第一回が、「ももんが」創刊号に掲載されている。
「ももんが」は、森銑三先生が会員となるころには、
かなり大所帯になっていた。
刈谷高校の大先輩外山滋比古氏も会員である。
会員の顔ぶれを見てみると、
東大出身の大学の先生が多い気がする。
ただその内容は、研究より肩の凝らないエッセイのほうが多い。
その辺が「ももんが」の良いところなのだろう。
田中氏が亡くなった後は、
片桐幸雄氏が引き継ぎ、
その後を引き継いだ方が終刊とされたのではなかったか。
「ももんが」を全号手に入れれば、
相当な研究ができると思うが、
もちろん、そんな時間はない。
ぼくができるのは、
せいぜい創刊号を手に入れて、
しげしげと眺めることくらいだ。
寒中忙有り
2023/01/21
朝8時より、資源ごみ回収当番として、近くの公園に詰める。
10時前に終了。もう一人の当番は来ず。
帰宅後、わらくに向かう。以前はらんぷという名称の喫茶店。
その後、正文館書店による。
もちろん数冊購入。
2時に刈谷市立図書館へ。
「森銑三刈谷の会」なるものに、
初めて参加。
もちろん自主的に。
4時過ぎに終わる。
参加してみて、
さて今後はというところだが、
こちらの日程のこともある、余裕があればというところ。
来月はすでにこちらの日程が詰まっている。
夜7時より、組長会。
今日を入れてあと三回でこの会議も終わる。
何とかやってこれたが、気は抜けない。
いやあ、忙しい。
10時前に終了。もう一人の当番は来ず。
帰宅後、わらくに向かう。以前はらんぷという名称の喫茶店。
その後、正文館書店による。
もちろん数冊購入。
2時に刈谷市立図書館へ。
「森銑三刈谷の会」なるものに、
初めて参加。
もちろん自主的に。
4時過ぎに終わる。
参加してみて、
さて今後はというところだが、
こちらの日程のこともある、余裕があればというところ。
来月はすでにこちらの日程が詰まっている。
夜7時より、組長会。
今日を入れてあと三回でこの会議も終わる。
何とかやってこれたが、気は抜けない。
いやあ、忙しい。
「コスモス」1973年11月号
2023/01/19
手元に「コスモス」の1973年11月号がある。
この号に、ぼくの歌が初めて掲載されている。
「その二」欄で、もちろん2首。
こんな歌が載っている。
・無力なる思ひまとはる帰路の我子兎を抱く少女に会へり
この年の四月に教員となったばかりだから、
いろいろとうまくいかないことが多くて悩んでいたようだ。
詳しいことはもう何もおぼえていない。
ところで、この「その二」欄に20名弱の愛知の会員が出詠しているが、
ぼく以外に存命なのは、小島静子さんしかいない。
静子さんはもちろんゆかりさんのお母さん。
それとは別にこの愛知のところを見て驚くのは、
青井史という名前があるのだ。
青井さんは「コスモス」から短歌の道を歩みはじめたようだ。
地区名は、ぼくは「刈谷」としたが、青井さんは「半田」としている。
一首紹介する。ぼくとは全然レベルが違う。年齢も10歳上だが。
・自らも夜空も焦がし咲き盛る花火は哀し人恋ふに似て
それにしても、50年という歳月はなんとも言えないほど、
大きな変化をもたらしていたのだ。
多分、この号に三千名近くの人が
出詠しているが、存命で、今も「コスモス」に歌を
寄せているのは、100名もいないのでは。
調べればわかるが、そこまでする気にはなれない。
嗚呼、五十年。
この号に、ぼくの歌が初めて掲載されている。
「その二」欄で、もちろん2首。
こんな歌が載っている。
・無力なる思ひまとはる帰路の我子兎を抱く少女に会へり
この年の四月に教員となったばかりだから、
いろいろとうまくいかないことが多くて悩んでいたようだ。
詳しいことはもう何もおぼえていない。
ところで、この「その二」欄に20名弱の愛知の会員が出詠しているが、
ぼく以外に存命なのは、小島静子さんしかいない。
静子さんはもちろんゆかりさんのお母さん。
それとは別にこの愛知のところを見て驚くのは、
青井史という名前があるのだ。
青井さんは「コスモス」から短歌の道を歩みはじめたようだ。
地区名は、ぼくは「刈谷」としたが、青井さんは「半田」としている。
一首紹介する。ぼくとは全然レベルが違う。年齢も10歳上だが。
・自らも夜空も焦がし咲き盛る花火は哀し人恋ふに似て
それにしても、50年という歳月はなんとも言えないほど、
大きな変化をもたらしていたのだ。
多分、この号に三千名近くの人が
出詠しているが、存命で、今も「コスモス」に歌を
寄せているのは、100名もいないのでは。
調べればわかるが、そこまでする気にはなれない。
嗚呼、五十年。
『高野公彦の歌世界』
2023/01/18
ある方から『高野公彦の歌世界』を読みたいとの申し出があったのですが、
何せ手元には自分の1冊しかないので、
ひょっとしたら、版元の柊書房さんに問い合わせてみたらと伝えました。
何と今日その方から葉書が届いて、
版元に在庫があり、手に入ったとのことでした。
ということですので、
『高野公彦の歌世界』を読みたい方は、
版元の柊書房に問い合わせてみてください。
ファクスを送れば何とかなると思います。
何せ手元には自分の1冊しかないので、
ひょっとしたら、版元の柊書房さんに問い合わせてみたらと伝えました。
何と今日その方から葉書が届いて、
版元に在庫があり、手に入ったとのことでした。
ということですので、
『高野公彦の歌世界』を読みたい方は、
版元の柊書房に問い合わせてみてください。
ファクスを送れば何とかなると思います。
『猟犬探偵』
2023/01/11
『猟犬探偵』を読み終えた。
と言っても、稲見一良の原作ではなく、
谷口ジロー作画の『猟犬探偵』。
ヤマケイ文庫の一冊。
表紙に「完全版」とあり、
「セント・メリーのリボン」と「サイド・キック」の二編が収められている。
「サイド・キック」は、「相棒」のこと。
主人公竜門卓の相棒がジョーという名の犬。
犬種名はなく、野良犬という設定。
ただ見た目は狼という感じで描かれている。
実際に漫画の中では、狼のようにふるまって
主人公を助ける役割を果たしている。
竜門とジョーは当然言葉を交わすことは不可能だが、
言葉はなくともお互いの気持ちが分かるのだ。
だから「サイド・キック」ということになる。
二編とも盲導犬が絡んでくるのだが、
そこを書くとネタバレになってしまうので、このあたりでやめておく。
ところで、ぼくは稲見一良の小説は一冊も読んだことがない。
今回この谷口の漫画を読んで、
稲見の小説を読んでみたいと思うようになった。
ということで、『猟犬探偵』を読んだ理由は、
要するに谷口ジローの漫画だから、読んだのである。
谷口の画が好きだということに尽きる。
つげ義春も好きだが、より谷口のほうが好きだ、
というのが本音、
つげと谷口の画は対極にあると思う。
「谷口ジローコレクション」が刊行されたが、
まだ数冊しか手に入れていない。
理由は一冊3,000円前後するから、
さすがに財布の紐が緩んでくれない。
でも、歌集なら、3,000円でも買ってしまうが。
ぼくはあまり人に漫画は勧めないが、
この漫画は勧めたい。
ハードボイルド的な話なのだが、
女性にも勧めたい内容がある。
最後に、谷口ジローも稲見一良もともに故人であることを記しておく。
谷口は1947年生まれ、2017年に亡くなる。
稲見は1931年生まれ、1994年に亡くなる。
と言っても、稲見一良の原作ではなく、
谷口ジロー作画の『猟犬探偵』。
ヤマケイ文庫の一冊。
表紙に「完全版」とあり、
「セント・メリーのリボン」と「サイド・キック」の二編が収められている。
「サイド・キック」は、「相棒」のこと。
主人公竜門卓の相棒がジョーという名の犬。
犬種名はなく、野良犬という設定。
ただ見た目は狼という感じで描かれている。
実際に漫画の中では、狼のようにふるまって
主人公を助ける役割を果たしている。
竜門とジョーは当然言葉を交わすことは不可能だが、
言葉はなくともお互いの気持ちが分かるのだ。
だから「サイド・キック」ということになる。
二編とも盲導犬が絡んでくるのだが、
そこを書くとネタバレになってしまうので、このあたりでやめておく。
ところで、ぼくは稲見一良の小説は一冊も読んだことがない。
今回この谷口の漫画を読んで、
稲見の小説を読んでみたいと思うようになった。
ということで、『猟犬探偵』を読んだ理由は、
要するに谷口ジローの漫画だから、読んだのである。
谷口の画が好きだということに尽きる。
つげ義春も好きだが、より谷口のほうが好きだ、
というのが本音、
つげと谷口の画は対極にあると思う。
「谷口ジローコレクション」が刊行されたが、
まだ数冊しか手に入れていない。
理由は一冊3,000円前後するから、
さすがに財布の紐が緩んでくれない。
でも、歌集なら、3,000円でも買ってしまうが。
ぼくはあまり人に漫画は勧めないが、
この漫画は勧めたい。
ハードボイルド的な話なのだが、
女性にも勧めたい内容がある。
最後に、谷口ジローも稲見一良もともに故人であることを記しておく。
谷口は1947年生まれ、2017年に亡くなる。
稲見は1931年生まれ、1994年に亡くなる。