「短歌研究」6月号

2015/05/30

高野公彦さんと出久根達郎さんとの対談が
実に読み応えがあった。
短歌ネタだけでなく、
話題が豊富なところがよかった。
特に橋本夢道という俳人の話題は、
ぼくがまったく知らなかったのでありがたかった。
高野さんは、筑摩の『日本文学全集』の『現代俳句集』で
読んだというから本当に驚き。
そして、その俳句が凄い。
例えば。

・うごけば寒い
・無礼なる妻よ
・毎日馬鹿げたものを食わしむ

自由律俳句なのですが、
山頭火より凄い。
エピソードもいろいろあって面白いが、関心のある人は、
どうぞこの雑誌を手に入れてください。

さて、本題は、
大島史洋さんの書いた田井安曇さんへの追悼文。
「田井安曇のこと」と題する追悼文には、
田井さんの他に近藤芳美、岡井さんが登場する。
そして、この三人に対して大島さんがどのような
位置取りをしていたかが書いてある。
大島さんはこの三人との関わりで
自分がいかに人間関係の作り方が下手か述べている。
ということは、大島さんがそういう点で器用であったら、
もっと違う立場に大島さんはいたような気もする。
ただ、その場合、果たして「未来」はどうなっただろう。
今日のような「百貨店」にはなっていなかっただろう。
この追悼文でぼくが一番ショックを受けたのは、以下の箇所である。

「近藤、岡井、田井、この三人はそれぞれにまったく交流のない存在に
なってしまったように思える。私がそれに気づいたのはつい最近のことで、
自分の不明を恥じるばかりである。」

まあ、こんなふうになってしまったのは、
ぼくの独断では、近藤さんが決して本音を言わなかったからだと思う。
本音を言うとややこしくなるんで、
それが面倒で近藤さんは口を閉じていたのではなかろうか。
つまり、近藤さんは、結局最後まで、
「未来」がどうあるべきかについては言わなかった。
一番最初は「未来」は「実験劇場」だという言挙げをしたが、
それ以外には何も言わなかった。
「火中の栗を拾う」タイプではなかった。
田井さんと岡井さんは拾うタイプだ。
だから、一緒にやってもよかったが、
決定的な意見の相違があったから無理であった。
大島さんは、拾わないほうだと思う。
しれっとしている。
でも、最後に近藤さん側について、
岡井さんに嫌われたというから、
そういう点では、拾うほうなのかな。
だが、「未来」は、
そろそろまた拾う人が必要になってくるのではなかろうか。
火中の栗を拾えば、やけどをするから気をつけなくてはならない。
大島さんは、やけどをしたのかもしれない。




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