豊かさについて

2017/01/26

中日新聞に掲載された光森裕樹さんの1月の「短歌月評」を
読んでいろいろ考えさせられた。
見出しは、「『豊かさ』の共有を」となっている。
瀬戸夏子の「短歌」1月号の時評に触れて、
若い歌人たちが歌集を簡単には手に入れることの
できない状況について、問題提起をしている。
その箇所を引用する。

「しかし、少数発行の自費出版が主であり、多くが贈答し合うことで
流通する歌集は、その時に入手できなければ、後に手にすることは
絶望的になる。この問題は大きい。」

このとおりだと思う。
ある程度名の知られている歌人には、
1年に数百冊の歌集が送られる。しかし、そんなに歌集が来ても
置くところがないから、大方は何らかの手段により処理されてしまう。
ということは、ある歌人が500冊歌集を作っても、ほとんど消えてな
くなり、10年先、20年先まで残るのは、十分の一もないのでは。
最後まで残るのは、国立国会図書館に納めた1冊しかないのでは
という気もしてくる。
だから、瀬戸さんのように、読みたい人がいてもそこには届かない。
読みたければ、出版社に直接注文すればいいという意見もあろう。
しかし、1冊2500円前後するわけだから、そう簡単には買うことはできない。
4冊買えば、1万円は超す。
しかし、総合誌も今では1冊1000円近くするから、
総合誌を買い、歌集も買っていたら、
20万円前後の収入の人にとっては大きな負担になる。
読みたい人が読めない。
どうすればよいか。
一番簡単なのは、現代短歌図書館を作り、
そこへ行けば、必ず出版された歌集や雑誌を読むことが
できるようにすることである。
しかし、こんな簡単なことも多大なお金がなければできない。
歌人から寄付を募ってもそんなに集まらないだろう。
有名歌人のところに集まる歌集をその建物に並べればいい
のだから、図書購入費はかからない。
しかし、土地代、建設費、人件費と考えると、
どう考えても無理。
となると、後は、公共図書館に置かれている歌集のリストを
ネット上に流して、どこの図書館にどういう歌集が置かれている
かを知ることができるようにする。
まあ、これくらいしかないだろう。
でも、そのリストを誰が作るのか。
例えば、染野太朗さんの『人魚』を読みたかったら、
どこの図書館に行けば読めるということを
調べて載せるということを誰がするのか。
何とかしたいとは思うが、
こうして考えてみると、暗澹とした思いになるのは、
ぼくだけではないだろう。



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