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「八雁」5月号に高橋暁啓という人の
特別作品三十首「証明写真」が掲載されている。
実に初々しい作品だ。
就活と就活以後を詠んだ歌だが、
読んでいると、主人公を自然に応援したくなってくる。

・若者は承認されたき欲ありと主張する本そつと閉ぢたり
・真面目だと思ふ表情作り出し写してもらふ証明写真
・枠内に収まるやうに空白のできぬやうにと履歴書を書く
・ネクタイを締めすぎたやう面接の問ひに答へることができない
・面接官にきみと呼ばれてたちまちに卵の黄身があたまをめぐる
・面接の問ひに答へて真顔へと戻す筋肉意識してゐる
・脳内に猫踏んじやつたが流れつつ猫を踏むなら尻尾と思ふ
・仕事場の椅子に座ればふはふはと人のあはひに浮かぶ心地す

こういう飾らない歌はぼくの好みだ。
若い人の歌は得てして自意識過剰になりがちだが、
そういうところがない。
自分をなるべく客観的にとらえようとしているのだろう。
それにしても「卵の黄身があたまをめぐる」はいいなあ。


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歌集が届く

2020/04/30

このところ、毎日といっていいくらい歌集が届く。
こんな時だから、いつも以上に嬉しい。
コスモスの仲間からは、
奈良橋幸子さんが30数年のブランクをおいて
第二歌集『こゑのゆくへ』(六花書林)を出した。
昨日は小島なおさんの歌集が届いた。
不思議な題のついた歌集です。
第三歌集『展開図』(柊書房)です。
塔短歌会の梶原さい子さんからは、
第四歌集『ナラティブ』(砂子屋書房)が届いた。
短歌人の伊東一如さんという方からは、
『蓬莱橋』(六花書林)という歌集が届いた。
伊東さんは校閲の仕事をされていたようだ。
校閲の仕事をしていた歌人というのは珍しいのかな。
そういえば、塔短歌会の澤村さんも確か校閲の仕事をしていたと聞いたが。
今日はまひる野の富田睦子さんから、
第二歌集『風と雲雀』(角川書店)が届いた。
花山周子さんの装丁だが、
色使いが素晴らしい。
そういえば、奈良橋さんの歌集も装丁が素晴らしい。
シンプルなのだが、こちらも色使いと空白の美が
とてもいい。
とにかく、次々と歌集が届くので、
楽しみが尽きない。
こんな日々だからこそ、じっくり味わって読みたいと思う。

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大島史洋さんの『どんぐり』にこんな歌がある。

・「はうらつ」な日と読みしとき浮かびたる宮柊二の顔「はうらつ」悲し

上の句が分かりにくい。
下句は分かる。
『多く夜の歌』のこの歌を踏まえているのだろう。

・はうらつにたのしく酔へば帰りきて長く坐れり夜の雛の前

ぼくの好きな歌だ。
大島さんがなぜ「悲し」としたのかはわからない。
父親としての悲しみなのだろうか。

『どんぐり』には、まだまだ書きたい歌があるが、
これくらいにしておこう。
多分、私のような大島さんの歌にやみつきになる人間は、
実は少数派ではないかと最近思いはじめた。
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こもりっぱなしというのも、
精神衛生上好ましくないので、
昨日、ストレス解消の一環として、
知立の書店に行く。
まず「ユリイカ」の増刊号を購入。
坪内祐三さんの追悼特集号。
何と453ページもある。
ほとんどすべてのページが文字で埋まっている。
広告はいっさい無い。
編集者の矜持なのだろう。
「本の雑誌」の追悼特集よりも読み応えのある文章が
多く掲載されているのはうれしい。
ただすべて読み切るというのは難しいかも。
次に講談社文芸文庫の新刊『つげ義春日記』を購入。
講談社文芸文庫は値段高いが、
年譜が掲載されていて、
しかもかなり詳しいので、
ぼくみたいな年譜好きにはたまらない。
こういう喜びは、どうも歌人の方にはわかってもらえないみたいだが。
そういう点でも、ぼくはどうも歌人という枠には
あまりはまらないタイプなのだろう。
でも、大島史洋さんや小池光さんには
この嗜好はわかってもらえるような気がするが、
いや、甘いかな。
それで、そのつげ義春の年譜なのだが、
何と2020年4月まで書かれている。
そこにはこんなことが書いてある。

四月、講談社より『つげ義春大全』全二二巻の刊行開始予定。

いやあ、すごい。
こんなことが起きるなんて信じられない。
そもそもつげさんよく承知したなあとも思う。
息子さんのことを思って決断されたのかなあ。
つげさんは、元気とは言えないが、
ともかく生きている。
何と今年の一月にはフランスに行っているのだ。
もちろん、初めての海外旅行だ。
原画展と受賞式があったので、
あえて出かけたのだろうか。
つげ義春がフランスの地に降り立ったなんて、
本当に信じられない。
年譜を見て目を疑ったくらいだ。




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市川市

2020/04/21

昨日書いたことの補足。
第1歌集文庫の『藍を走るべし』の
巻末に掲載されている大島史洋さんの略年譜によると、
昭和49年3月に結婚して、市川市大和田に転居とある。
そして、翌年の7月に、
市川市本北方の中山団地に転居とある。
習志野市に転居したのは、昭和56年。
高野さんは、
昭和42年に市川市に転居し、結婚。
昭和53年に市川市塩焼に転居。
ということは、
大島さんと高野さんは、7年ほどは共に市川市民だったのだ。
こんなことを調べてどうなんだといわれるかもしれないが、
こうやって調べることがとにかく好きなのだ。
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大島さんの『どんぐり』にこんな歌を見つけた。

・市川は所帯を初めて持ちし街 玄関は即台所なりし

この歌を読んで、あれっ高野さんと同じだと思った。
高野さんも所帯を初めてもったのは、市川。
市川でも江戸川にかなり近い住宅街なのだが。
大島さんはどのあたりだったのだろうか。
高野さんは、そこから同じ市内の塩焼に移る。
大島さんは、今は習志野市在住。
千葉県民であるのは同じだ。
職業も同じ編集者。
でも、歌はまったく違う。
というより、真逆としか言いようがない。
その二人の歌を好きだと思うぼくの
短歌に対する見方はおかしいのかもしれない。
でも、好きなものは好きだとしか言えない。
短歌というものはそういうものだと思う。
同じ結社の人間の歌だから、
好きだということもない。
好きな歌もあるし、特に読みたいと思わない歌もある。
ところで、年齢的には、高野さんが、
昭和16年生まれだから、
昭和19年生まれの大島さんより年長なんだ。
ぼくは大島さんのほうが上かなと思っていたので、
こちらもびっくり。
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大島史洋さんの第13歌集『どんぐり』が届いた。
一言でいえば、融通無碍の境地ということになる。
まだ読み終えていない。
理由は、読むのがもったいないから。
こんなに面白い歌集を読み終えたら、
明日から困ってしまう。
まず一首挙げる。

・順番に仕事をこなす楽しさに人生は過ぎそれでよからむ

こういう状況に陥っているからか、
本当にこういう境地がよくわかる。
毎晩寝る前に明日何をするか考える。
さして、起床後は、
昨日のプランどおりに「仕事をこな」してゆく。
これがまさに楽しいのだ。
充実感すらある。
幸いやらなくてはならないことは、
たくんさんある。
次から次へと届く詠草の評を書きつづけている。
また、メールを書いたり、手紙を書いたり。
出口は一向に見えないが、
とりあえずやらなくてはならことがあるのをよしとしよう。
そうそう、『どんぐり』をじっくり読む
楽しみも残っているので。


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「歌壇」5月号の連載「平成に逝きし歌びとたち」は、
島田幸典氏が二宮冬鳥について書いている。
久しぶりの二宮冬鳥論で実にうれしい。
資料をしっかり読み込んだ論で、
冬鳥ファンとしては、ありがたいの一言に尽きる。
しかも、何と拙文紹介されていて、こちらもありがたいことだ。
拙文は、「六花」2号に書いた「痺れる」である。
冬鳥へのオマージュとして書いたものである。
ところで、島田氏の論を読みなから
不思議な思いにとらわれていた。
ぼくも島田氏も二宮冬鳥という歌人を大いに評価している。
にもかかわらず、島田氏の引用している歌については、
冬鳥の歌の中では、ぼくは一番手には挙げないなという歌が多かった。
逆にぼくが「痺れる」で取り上げた歌はほとんどなかった。
なぜか島田氏は『壺中詠草』の歌を挙げていないので、
余計にそういう印象をもったのではあるが。
何にしろ、この島田氏の好論は多くの人に読んでいただいて、
二宮冬鳥という歌人の魅力に目覚めてほしい。

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『汽水の光』で、超絶技巧の歌というと、
この歌のほうがよりふさわしいかもしれない。
かなり有名な歌である。

・石中にとはに鎖さるる花ありと思ほゆるまで月しろく差す

この歌の場合は、実体は月とその光だけである。
四句までが比喩なのである。

『汽水の光』にかなり手の込んだ比喩の歌が多い理由は何か。
このことを考えていて、
一つの結論を見出した。
それは、高野公彦による
前衛短歌の受容の証として、
比喩を多用した歌が『汽水の光』にみられるのではないか。
つまり、高野はある時期までは、
前衛短歌に共感をもち、
自分なりに前衛短歌を咀嚼していったのではないか。
これは仮説だが、そんなに外れてはいないと思う。
ただ『汽水の光』以降、
高野は次第に前衛短歌、あるいは前衛短歌的なものから、
距離をおいてゆくことになる。
多分、高野が評価する前衛短歌の歌人は、
塚本邦雄だけではないかと思う。

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超絶技巧

2020/04/13

こういう機会でないとできないと思い、
高野さんの歌集を順番に読んでいる。
『汽水の光』にこんな歌を見つけた。

・死馬のやうに十月の河ひかりつつ見えざる昼の星の下ゆく

一体何を詠んでいるのだろうかと必死に読解しようとした。
何度も読み返してみて、
とんでもない歌だということが分かった。
ここに詠まれているのは、
昼間十月の河のほとりを行く<わたし>だけなのである。
それ以外の実体は何もない。
「死馬のやうに」という比喩をどう読むのか、
「見えざる星の下ゆく」をどう解釈するか、
すべては読者にゆだねられている。
どうしてこんなふうに詠めるのか。
私のような凡才には、超絶技巧としか思えない。


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