明日は

2018/02/23

明日は、東京の日本教育会館で、
「灯船」8号の批評会。
出席予定者は32名で、
ここしばらく20数名だったので、
編集担当としては、とても嬉しい。
北は青森から
南は、福岡から、何と3名参加する。
これだけ人数が多いと、
時間のコントロールが大変かなとは思うが、
嬉しい悲鳴というべきだろう。
東京の明日の天気もよく、温かいという予報なので、
快適な一日になりそうな気がする。
では、「灯船」の出席予定のみなさん、
明日お会いしましょう。
そうそう、明後日は、東京マラソンだから、
人出もかなり多いでしょうね。

なお、今回お会いできないみなさん、
次回は、福岡です。
初夏の福岡での批評会、ぜひご参加ください。

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お買い得

2018/02/23

砂子屋書房の現代短歌文庫シリーズから、
吉川宏志さんの歌集が出た。
この歌集は、実にお買い得。
第二歌集『夜光』と第三歌集『海雨』が完本で収載。
さらに第一歌集『青蝉』から100首と初期歌篇を掲載。
さらにさらに評論とエッセイも掲載。
定価は税別2000円。
どう考えてもお買い得。
この現代短歌文庫シリーズは、
時々どうしてこれがという歌集も出るが、
この吉川さんの歌集は、
本当にいい本だ。
吉川宏志入門にもうってつけだ。
多くの読者を得てほしいものだ。
いや、得るに違いない。
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遅まきながら「コスモス」3月号について。
65周年記念号。
巻頭は、昨年秋の全国大会における
高野公彦さんの基調講演「コスモスの歌風と進化」。
次にシンポジウムの記録。
テーマは「コスモスの継承と展開」。
司会は小島ゆかりさん。
このシンポジウムには、パネラーとしてぼくも発言している。
その次に拙論。
題して「『生の証明』と人間主義」。
6頁にわたって掲載されているが、
どうにも文章が硬い。
記念号の巻頭評論ということを意識し過ぎなのかもしれない。
今更悔やんでも仕方ないが。
ただ「人間主義」という、キーワードを見つけることができて、
ほっとしている。
ところで、この号の風鳥派の小田部さんのエッセイを読んで
本当に驚いた。
今回は特別企画ということで、テーマが決まっていた。
テーマは「あのころ私は若かった」。
小田部さんのエッセイの題は何と「骨折物語」。
小田部さんは、何度も骨折を経験しているのだが、
その辛い体験を逆手にとって、
骨折をして、歌の仲間が増えたことを書いている。
昨年の秋にも骨折している。
全国大会突然の欠席で、
どうしてかと思ったら、またしても骨折。
みんなあきれていた。
さて、このエッセイの最後のところを少し紹介する。

「そしてこの秋、脚立から落ちて植木鉢に当たり、肋骨を
七本骨折した。今年はコスモス賞を頂いた当たり年だった。
また若くてなって、また友達が増えるかもしれない。」

いやあ、不屈の人という感じ。
まあ、骨折経験のないぼくにとっては
とにかく信じられない世界だ。

ところで、この号の新入会員を見ていたら、
何と水辺あおさんの名前がある。
確か、朝日歌壇によく登場する人だと思うが。



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また平和園

2018/02/18

1時より、コスモス短歌会愛知支部歌会。
しかし、欠席者多し。
しかも、ぼくは途中退席。
朝日カルチャーで、西脇順三郎のシンポジウムがあり、
ぼくは司会担当。
他のメンバーは、
歌人の加藤孝男さん、詩人の太田昌孝さん。
3時半から5時半までみっちりやる。
その後、受講生を交えてご苦労さん会。
会場は、何と昨日と同じ平和園。
まずは予約の電話。
ぎりぎりセーフ。
行ってみたら、満員状態。
電話しなかったら、アウトかな。
ここには、サイン帖みたいなものがあり、
読ませてもらった。
これがとんでもない。
例えば、伊藤一彦さんも歌を書いている。
最近では、江戸雪さんも書いている。
だから、ぼくは小坂井くんに提案した。
『平和園100首』を出したらと。
それで、ぼくも駄作を書いておく。
駄作中の駄作。

・けふもまたわれは来たりて酒を呑む平和園こそいと楽しけれ

2日連続来ておれば、
こんな歌もできてしまう。
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金と銀

2018/02/17

今日は、
名古屋市短歌会館短歌大会の表彰式。
開会は13時半。
表彰のあと、講評。
前半をぼくが担当。
後半は田中徹尾さんが担当。
例年よりかなり丁寧に一首一首について語る。
講評が終わったあと、休憩になったが、
その時、田中さんが、男子フィギュアの結果を伝える。
羽生金、宇野銀という報告がされると、
歓声とともに拍手。
出席されたみなさん、
結果が気になっていたようだ。
それにしても、
金と銀とは、最高の結果だ。
休憩のあとは、
小塩卓哉さんの講演。
「牧水と名古屋」という題。
大歌人若山牧水と、名古屋との関わりを解き明かす。
とても良い講演だった。
もう少し時間がほしかったかなとは思った。
そのあと、
中日歌人会の役員と小塩さん、
それから小塩さんの愛弟子Wくんの5名で、
平和園に移動して、懇親会。
実に充実した良い一日だった。




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「塔」2月号が届く。
例月より少し遅い気がする。
永田和宏さんが、安森敏隆さんの追悼歌を詠んでいる。
安森さんは、1月9日に亡くなられた。
最後にお会いしたのは、
昨年の3月下旬。
いつもは懇親会に出られるのに、
用事があるとかということで、
出席されなかったことに、少し違和を覚えた。
その頃には病魔に冒されていたようだ。
豪放磊落という印象が強い方だったので、
もうお会いできないと思うと、寂しい。
さて、永田さんの歌はというと。

・つかずはなれず五十余年の友として安森敏隆死んでしまへり

そうだ、今思い出したが、
永田さんと安森さんは、20代の時から
「つかずはなれず」だったんだ。
多分その当時は、安森さんは、塚本邦雄一辺倒ではなかったか。

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先日ようやく「早稲田文学増刊 女性号」を手に入れた。
1刷が売り切れてしまい、
しまったと思ったが、何と2刷が出た。
おかげで手に入った。
手に入れたかった理由は単純。
安立スハルさんが取り上げられているからだ。
安立(あんりゅう)さんは、コスモスの歌人。
2006年に亡くなられた。
ぼくは残念ながら生前の安立さんにお会いすることはかなわなかった。
第一歌集『この梅生ずべし』を読んだ時の
衝撃は忘れられない。
確か25歳のころだったと思う。
さらに言えば『この梅生ずべし』は現代短歌全集に収められている。
柊書房からは全歌集が出ているが、在庫はあるのだろうか。
手に入れて損はしない歌集だ。
ぼくは『この梅生ずべし』を手に入れたいが、
多分無理だろう。

さて、取り上げられている歌を少し紹介する。

・馬鹿げたる考へがぐんくぐん大きくなりキャベツなどが大きくなりゆくに似る

・金にては幸福はもたらされぬといふならばその金をここに差し出し給へ

・人間のすることなど知れきつてゐるといふ眼の前の男を無言に拒否す

二首目の「もたらされぬ」の「もたら」は漢字だが、難しい漢字で出せない。

ところで、かつて安立さんから、一度だけ葉書をいただいた。
しかし、その貴重な葉書が、いくら探しても出てこない。
多分、歌集か雑誌の間に挟まっているのではないかと思うが、
どうしようもない。
新しい家の書庫に本をおさめる時に、何とか探し出したい。
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今日の中日新聞の夕刊の「大波小波」欄は
『短歌タイムカプセル』(侃侃房)を取り上げていた。
かなり厳しい内容だ。
最後のところだけ引用する。

「編者たちは、佐佐木や前が現代短歌に果たした役割や数多の秀歌を
価値が低いと判断したのか。ちゃんと説明しなければ、侃侃房で歌集を
出した仲間や身内を優遇しお手盛りで選んだとみるほかあるまい。」

「一千年後に届けたい現代短歌アンソロジー」と書いてあるのに、
しかるべき歌人が入れられていないことについては、
誰しも疑問に思うだろう。
何せ佐佐木幸綱さんや前登志夫が入っていないのだから。
「大波小波」欄は、そこのところを
かなり突っ込んで書いているので、
関心のある方はぜひ読んでみてください。
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永田和宏さんの新歌集『午後の庭』を読んでいて、こんな歌を見つけた。

・モンゴル力士の本名みんな諳んじてつくづく変なり高野公彦

これはもう芸のうちだと思う。
昨年9月の全国大会の懇親会の後、
高野さんの部屋で更に飲んだが、
その時に、ぼくが何人かの力士名を挙げると、
即座に高野さんが本名を応えてくれた。
ぼくなどは一人もおぼわらないから、
記憶力が悪いのかなとも思ったが、
永田さんの歌を読んで、少し安心した。
どうやら高野さんのほうが変なのだ。
こういう歌もある。

・物知りのヘンな歌人がわが傍に幾望といふを教へてくれる

この歌の次はこう。

・満月を挟みて幾望、そしてまた既望の月あるを教へぬ

「物知りのヘンな歌人」は多分高野さんだろう。
場所は朝日歌壇の選歌をする所。
疲れてくると、雑談になる。
その雑談の時に、高野さんがいろんなネタを提供するのだ。
言葉をどん欲に蒐集し、
さらに用いる歌人ならではの、
一こまだと思う。
しかし、高野さんもまさか自分が
永田さんの歌に詠まれるとは思わなかっただろう。
これは誤算だったに違いない。

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五ヶ月

2018/01/23

こちらのアパートに引っ越して五ヶ月になる。
秋が短かったので、
暑さと寒さに耐える日々が続いている。
あと二ヶ月と少しで、
元の住所に戻れる。
つまり、桜の咲くころには。

午後、みよし市の短歌会に出講。
提出された歌は、
やはり新年らしい歌が多く、
短歌という器が
私達の生活に密着したものだということを痛感した。
四季があるからこそ、
短歌は生き延びて来たのだろう。
四季それぞれに出遭うものがあり、
それが私達に感興を与え、
詠むことの刺激となるのだ。
宮柊二先生が、
新年の歌を多く詠んでいるのも、
このことと関わりがあるだろう。
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プロフィール

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